かたすみ速報

日本及び周辺諸国に関するニュースと2chまとめサイト。ネットの片隅で更新していきます。




    カテゴリ: モンゴル

      このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック
    1: 樽悶 ★ 2021/09/18(土) 23:38:37.48 ID:CV+cnE+89
    福岡県糸島市の平原遺跡で出土した青い重層ガラス連珠=伊都国歴史博物館提供
    no title

    モンゴルの匈奴墓で出土したガラス連珠(モンゴル科学アカデミー考古学研究所所蔵)=奈良文化財研究所提供
    no title


     福岡県糸島市の弥生時代末の墳丘墓・平原(ひらばる)遺跡で出土したガラス玉が、ユーラシアのシルクロードの一つ「草原の道」を旅してもたらされたとみられることが、奈良文化財研究所(奈文研)の田村朋美主任研究員らの分析で判明した。日本や東アジアに類例がないガラス玉で、どこからもたらされたか不明だった。

     18日にオンラインで開かれた日本文化財科学会大会で報告された。ガラス玉の成分が、モンゴルやカザフスタンで出土した類似品と一致した。

     平原遺跡は「魏志倭人伝」に邪馬台国とともに登場する伊都(いと)国の王墓とされ、1960年代の発掘調査で銅鏡40面や多数のガラス玉などが出土した。今回分析されたのは、その中の青い2層構造のガラス玉が複数つながった「重層ガラス連珠(れんじゅ)」。

     田村さんは、古代のガラス交易路の調査で訪れたモンゴルで、弥生時代と同時期に栄えた騎馬民族・匈奴(きょうど)の墓で出土したガラス連珠が平原遺跡のものと色や形がよく似ていることを確認。また、奈文研とカザフスタン国立博物館の拠点交流事業でも、同じ連珠がカザフスタンの遺跡で出土しているのを見つけた。

     そこでモンゴル、カザフスタン両国の研究機関や平原遺跡の出土品を収蔵する糸島市立伊都国歴史博物館と協力し、3遺跡の連珠の成分を蛍光X線分析装置で測定。

     その結果、どの連珠もナトロンという塩類を使ったソーダガラスで、アンチモン、マンガンなどの微量成分を含んでおり、同じ場所で作られた可能性が高いことが分かった。

     ナトロンを使ったガラスはローマ帝国の領域だった地中海沿岸が原産とみられ、田村さんは「この連珠は、当時のユーラシアの東西を結ぶ交易路の中でも、中央アジアからモンゴル高原を通る『草原の道』で東アジアへ運ばれたのでは」と推定している。

     東アジアの考古学を研究している西谷正・九州大名誉教授は「弥生時代と同時期、ユーラシアでは東の漢帝国と西のローマ帝国を結ぶ交流が活発化していた。国際的な交流拠点の一つだった伊都国には、朝鮮半島を経由して海外の様々な物資がもたらされたのだろう」と話している。(今井邦彦)

    ヤフーニュース(朝日新聞) 9/18(土) 16:47配信
    https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20210918-00000043-asahi-soci

    【【当時の朝鮮半島南部は倭】伊都国「王墓」のガラス玉、弥生時代と同時期に栄えた騎馬民族・匈奴の墓の出土品と一致 「半島を経由してもたらされた」】の続きを読む

      このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック
    1: 昆虫図鑑 ★ 2021/07/16(金) 16:14:55.47 ID:CAP_USER
    mongoruteikoku
    (略)

     中国全土を征服したのはモンゴルが初めてだった。
     南宋は首都である臨安が陥落しても、幼帝と一部の臣下が現在の深セン市まで逃げて徹底抗戦した。最後は「崖山の戦い」(1279年)に敗れて滅亡したが、異民族の支配に対して徹底抗戦したという記憶は中国人に残ることになった。
     中国人は約100年間にわたってモンゴル人の支配下で暮らしたが、その支配を「紅巾(こうきん)の乱」という農民反乱によって覆している。農民反乱による王朝の崩壊は中国史の定番であるが、異民族支配に対しても農民反乱は有効であった。この反乱の中で力をつけた朱元璋(洪武帝)が明を建国した。

    ■ モンゴルへの降伏で決まった朝鮮半島の「国の形」

     モンゴルは朝鮮半島にも攻め込んだ。朝鮮半島に住む人々は、それまでも唐など中国王朝の脅威にさらされてきたが、なんとかその侵攻を防いでいた。付け根が山岳地帯である朝鮮半島は攻めにくい。モンゴルはそんな朝鮮半島に深く攻め込んできた。
     モンゴルの侵攻に対して高麗王室は「江華島(カンファド)」(ソウルの北西約50キロ、漢江の河口にある島)に逃げ込んで抵抗した。江華島と朝鮮半島との距離は1.2kmほどでしかないが、この水道をモンゴル軍は渡ることができなかった。モンゴル軍は海の戦いが苦手だった。
    そのために江華島に逃げ込んだ王室は無事だったが、数度にわたる侵攻によって朝鮮半島に住む人々は甚大な被害を受けた。その結果、王室は江華島に逃げ込んでも食料を確保することが難しくなった。このような状況の中で文官グループは、徹底抗戦を叫ぶ武官グループから政権を簒奪(さんだつ)して、モンゴルに降伏することを選んだ。その時に文官グループが作り上げた降伏文書が朝鮮半島の「国の形」を決めたと言ってもよい。
     文官グループは「文官は事大主義(強いものに従うこと)を実行しようと思ったが、武官がそれを邪魔したために降伏できなかった」と仲間を裏切るような卑怯な降伏文書を作成してモンゴルに降伏した。そのあり方は、徹底抗戦を叫んで滅んだ南宋とも、元寇を撃退した日本とも異なっていた。
     高麗が滅びた後、朝鮮半島は李氏朝鮮の時代になるが、李氏朝鮮では文官が武官の上に立って統治する体制が確立された。そんな李氏朝鮮は明や清に徹底的に臣従する政策を採用した。
     李承朝鮮の支配層は明や清に卑屈な態度で接する一方、国内に対しては徹底的に権威主義的な態度で振る舞った。文官は儒教(朱子学)を振りかざし、屁理屈をコネ回して民衆を支配した。
     安全保障を隣国に丸投げして、文官が民衆に対して威張り散らす体制を構築した国は李氏朝鮮ぐらいだろう。1897年に大韓帝国と名前を変えたが、李氏朝鮮は実質的には日本に併合される1910年まで500年以上も存続した。そのために、今でも朝鮮半島に住む人々の心の中には李氏朝鮮時代の記憶が鮮明に残っている。現代の韓国の政治や外交政策を理解するには、李氏朝鮮を理解する必要がある。時にヒステリックに相手を攻撃し、前言を翻しても平気でいられる体質は李氏朝鮮時代に培われたと考えられるからだ。

    ■ 「米国に勝利」につながるベトナムの戦い方

     ベトナムもモンゴルの侵攻を受けた。ベトナムは中国と陸続きであり元は3度にわたってベトナムに侵攻している。元はハノイを占領した。
     モンゴルが侵攻した時、ベトナムは陳朝であったが、モンゴル軍があまりにも強いので、皇族の中にも元軍に降るものが出た。そのような状況の中で、時の皇帝・仁宗は降伏したいと言い出した。その時、将軍の陳興道は廟議において「降伏するのならこの首を切ってからにしてほしい」と皇帝に強く戦いを迫った。このシーンはベトナム史の名場面として、今もベトナムの人々の間で熱く語り継がれている。
     仁宗は戦いを決意した。陳興道は弱気になりがちな仁宗を励ましながら、森に隠れてゲリラ戦を陣頭指揮した。
     元軍は圧倒的な戦力を誇りながらも、亜熱帯でのゲリラ戦に勝つことができなかった。熱暑に疲弊した元軍は一度撤退して陣営を立て直そうと考えた。その際に、紅河デルタの白藤江(はくとうこう)を下って撤退しようする元軍に対して、陳興道は下流域の河床に何本もの杭を打って待ち伏せすることにした。杭は満潮時には見えないが潮が引くと現れる。元軍の船が杭に挟まれて動けなくなったところを小舟に乗ったベトナム兵が襲いかかった。白藤江の戦いで元軍は全滅に近い損害を受けた。
     この民族の物語は、小国であるベトナムがなぜ強大な米国に勝利することができたかを考える上で重要である。

    (略)

    川島 博之

    https://news.yahoo.co.jp/articles/dd789b161fd44e68ffb277e115778326d8b26ed4?page=1

    【日本は撃退成功、アジア諸国は「元寇」にどう立ち向かったのか?】の続きを読む

      このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック
    1: みの ★ 2021/06/21(月) 13:58:38.84 ID:Qmgfet7t9
    genkouemaki2
     鎌倉時代を代表する歴史的な戦いといえば、1つは「承久の乱」(1221年)、そしてもう1つは、元軍(モンゴル軍)が九州に侵攻してきた「元寇」(1274年、1281年)で間違いないでしょう。

     特に後者の元寇は、中世日本における唯一の国際戦争であり、規模も近現代以前では最大級と言っていいほど大規模なものでした。なんといっても、中国大陸を支配するまでになった強大な軍隊が日本を攻めてきたのです。日本社会に与えた影響はきわめて大きく、後の鎌倉幕府崩壊の遠因にもなったと指摘されています。

     そんな日本人ならだれもが知る元寇ですが、近年に入り新しい発見や新説の発表が相次いでいます。それらの研究の進展に伴い、これまで半ば常識と見られていた定説が大きく覆される事例も出てきました。

     そこで今回から3回にわたり、歴史学者である服部英雄氏(九州大学比較社会文化研究院名誉教授)の著書『蒙古襲来』(山川出版社)を参考資料として、鎌倉時代の日本を揺るがした元寇について取り上げたいと思います。

     初回の今回は、1274年に起きた「文永の役」こと第一次元寇に関して、日本の武士の一騎打ち、そして元軍の残虐行為の有無を検証します。

    (略)

    2021年6月21日 JP PRESS
    https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/65695


    【【屈強な鎌倉武士】元寇での幕府軍の一騎打ちや神風は八幡愚童訓の創作か 大正期に疑義も皇国史観にかき消される】の続きを読む

      このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック
    1: Ikh ★ 2021/06/01(火) 20:36:44.24 ID:CAP_USER
    genkou

     鎌倉時代、2度にわたってモンゴルに攻め入られた日本。そんな大国の侵攻から日本を救った英雄とみられているのが、北条時宗だ。しかし、モンゴルが日本に攻め入った経緯を踏まえると、むしろ北条時宗が日本を“危険にさらしていた”ともいえることが分かってきた。世界最大の帝国が小国・日本を2度も攻めた理由とは何だったのか。
    ※本稿は、本郷和人著『「失敗」の日本史』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです。

    ● 疑われることがなかった 「北条時宗=英雄説」

     そもそもなぜモンゴルは日本に来襲したのでしょうか? 実は戦前、この疑問について考えられることはほとんどありませんでした。

     面積として世界最大の帝国をつくったモンゴルは、言わば侵略マシーンです。だから日本に攻めてくるのは、彼らの本能からして当たり前。それで話は終わり。

     一方、北条時宗は疑問の余地もなく、モンゴルから日本を救った英雄とされ、また、どこまで信じていたのかわかりませんが、太平洋戦争当時、日本はいざとなれば神風が吹いて救われる国とも言われてきました。

     そのようなニュアンスで、モンゴル来襲については「時宗が国を救った」ことばかりが強調され、そもそもなぜ攻めてきたのかについて、真面目に考えられることがなかったのです。

    ● なぜモンゴルは 見返りの少ない日本へ来襲したのか

     それが戦後になって、ようやく変わりました。日本の歴史家があまりしっかり研究してこなかった問いでしたが、むしろ東洋史、モンゴルの専門家の方々が調査し、考察し始めたのです。それを機会として30、40年前あたりから、認識がかなり変わってきました。

     趙良弼(ちょうりょうひつ)という元の使者が書いたレポートがあります。モンゴルは文永の役と弘安の役の2度にわたり、日本へやってきたわけですが、この人はその文永の役の前にフビライ・ハンのもとから派遣され、日本にやってきています。そして1年近くも日本に滞在し、様子をよく見て、報告したのです。

     ではその趙良弼がどのようなレポートを書いていたかと言えば、まず「日本という国は狭いです」と。そして「ろくな作物が育たず、豊かではない。人間も野蛮で、皇帝陛下がわざわざ日本を征服しても、何の見返りもありません。だから、やめるべきです」と報告していた。

     そうした事実がわかってきたので、あらためて「ではなぜモンゴルは、そんな日本に攻めてきたのか」という疑問が論じられるようになったのです。

    ● 中華帝国の 後継者としてのモンゴル

     さてそれで、東洋史の方々の考察から出てきた答えは「モンゴルは当時、中華帝国の後継者であることを全世界に対して示そうとしていた」というもの。

     モンゴルは、漢民族からすると北方の異民族です。もともと中国大陸ではよく征服者として北方の異民族が万里の長城を越えて攻めてくるのですが、モンゴルはそのひとつだった。そして中国大陸はもちろん、全世界へその領地を広げたわけですが、五代皇帝フビライ・ハンは、ことのほか中国大陸の征服に熱心だった。中国大陸をほぼ制圧した段階で、元という中国風の国号を定め「我々は中国大陸の歴代王朝の伝統を受け継ぐものである」と内外に示したのです。

     歴代王朝の伝統を受け継ぐということは、中華思想の後継者となるということです。そして中国の皇帝は、天の神様の子。すなわち「天子」。

     天から、下々の民草を導けという天命を受けた存在である。その天子がトップに立つ元は、東アジア、いや彼らの視野では全世界で、もっとも高度な文明を持ち、もっとも高度な文化が花開いた素晴らしい国ということ。

    ※続きは元ソースで御覧ください

    Yahoo!Japanニュース/ダイヤモンド・オンライン 5/31(月) 6:01配信
    https://news.yahoo.co.jp/articles/dc7937965ffa8f463c8d2be484cd0ae0fdfe95ab

    【【パヨク史観】モンゴル帝国から日本を救った北条時宗が「英雄」とは言い難いワケ】の続きを読む

      このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック
    1: BFU ★ 2021/05/08(土) 01:03:52.88 ID:1HiBbNtg9
    r1280x720l

    これまで新型コロナウイルスを抑え込んでいたモンゴルで、いま感染が急拡大しています。首都ウランバートルは、1カ月前からロックダウン中です。お酒もウォッカなど、アルコール度数が高いものは、販売禁止となっています。

    モンゴルは、早い段階から厳しい水際対策とロックダウンで感染を抑え込んできましたが、今年3月以降、感染者が急増し、人口100万人あたりでみると、インド以上に深刻です。イギリス型の変異ウイルスの影響も指摘されていますが、度重なるロックダウンで起きた人々の感覚の変化もあるようです。
    モンゴル在住・惠良司さん:「慣れというか、飽きというか、そういうのが皆さんにもあるのか。(ロックダウンが)解除されたのを機に、一気に皆さん人と会ったり、食事をしたり、お酒を飲んだり、仕事が再開されたり。そういうのを繰り返すうちに徐々に増えていったのではないか」

    テレ朝ニュース
    https://news.tv-asahi.co.jp/news_international/articles/amp/000215432.html?a=news&b=ni&__twitter_impression=true


    【【3月まで台湾なみ】抑え込んできたのにモンゴルで感染急拡大 インドより深刻…】の続きを読む

      このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック
    1: 蚯蚓φ ★ 2020/09/20(日) 00:55:27.79 ID:CAP_USER
    no title

    ▲中国共産党教育部が編集した国語教科書(左)、以前に延辺教育出版社が編集した朝鮮語の国語教科書(右)

    内モンゴル自治区に続き、中国当局は、東北地方の朝鮮族地域でも中国語強化教育を始めた。中国共産党体制下の朝鮮族社会でも文化の消失が危ぶまれている。

    韓国の朝鮮日報によると、遼寧省など一部の朝鮮族系小中学校では、9月の新学期から、延辺教育出版社が編集した朝鮮語の「国語」教科書に代わって、教育部が編集した「国語」教科書を使用することになったという。

    中国には吉林省、黒竜江省、遼寧省などを中心に約183万人の朝鮮族がいる。「一部の朝鮮族の民族学校で使用する他の科目の朝鮮語教科書は中国語の教科書に置き換えられている。これは内モンゴルのような政府レベルの明確な政策はないが、中国語教育を強化しようとする試みである」と関係者は指摘する。

    中国当局は、2019年には小中学校の全学年、また一部の省および市は、高校からの「思想政治」「国語」「歴史」などの科目で教育部が編集した教科書の使用を要求している。

    中国の少数民族の学校では長らく少数民族の言語を基準にした教材を使用してきた。

    8月末、中国当局は内モンゴルで中国語教育を強行したため、大規模なストライキや抗議が発生した。モンゴル族の住民はこの新しい政策を「文化絶滅の手段」と見なした。

    大紀元が入手した内モンゴル・アルシャー左旗の信訪局(陳情受付機関)の8月31日の内部資料によると、中国当局は内モンゴルで中国語教育政策を強行するための事前準備を進めている。これは、内モンゴル統一戦線部門は民衆の抗議に対応するためのさまざまな手段を用意していることを示している。

    内モンゴルの各地で大規模なデモが発生した後、中国当局はデモを鎮圧するために他の場所から公安や武装警察を大量に派遣し、多数のデモ参加者を逮捕した。

    南モンゴル人権情報センターの統計によると、過去3週間で少なくとも4000~5000人のモンゴル人が何らかの形で逮捕されている。これらには、反体制派とその家族、作家、活動家、牧民の精神指導者、抗議者、ネットユーザーなどが含まれる。また、当局による中国語強制教育のために、少なくとも9人のモンゴル人が絶望して自殺している。

    ドイツに亡命した内モンゴル人民党の主席、ショブチョード・テムチルト(席海明)氏は大紀元の記者に対し、「今、中国は厳しい国際情勢に直面している。そんな中でも内モンゴル人民の希望を完全に無視して、内モンゴルでの中国語教育を強制的に推進している。このモンゴル人に対する文化的虐殺は共産党自身の滅亡を加速させるだけだ。現在の状況から判断すると、中国共産党の終焉の日はそう遠くはない」と述べた。

    (大紀元日本語ウェブ編集部)

    大紀元日本語
    https://www.epochtimes.jp/p/2020/09/62412.html


    【【中国】 内モンゴルに続き朝鮮族地域でも中国語強化教育~朝鮮語の教科書変更で文化消失危機】の続きを読む

      このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック
    1: すらいむ ★ 2020/09/17(木) 11:22:53.68 ID:CAP_USER
    genkousen
    CGで完全再現したらわかった! 元寇で押し寄せた蒙古軍船の弱点

    ----------
     ときは13世紀後半、の第五代皇帝フビライは、高麗を配下に収めると、その先の海上にある島国・日本に狙いを定め、1274年の「文永の役」、1281年の「弘安の役」と、2度にわたって侵攻してきました。
     1度目の文永の役では、博多湾に上陸した蒙古軍は、伝統にのっとり一騎討ちで立ち向かう日本の武士たちを、集団騎馬戦術と新兵器の「てつはう」でさんざんに打ち破ったといわれています。
     博多市街も焼かれ九州は陥落寸前となるも、なぜか蒙古軍はその夜、全軍が撤退して船に兵を引き揚げ、そこへ暴風雨が直撃して壊滅し、日本は救われた――これが歴史の教科書にも書かれているストーリーで、日本にはいざとなったら神風が吹くという「神国思想」が生まれるきっかけともなりました。
     しかし、なぜ蒙古軍が一夜にして撤退したのかは、じつはいまだに謎のままなのです。
     さまざまな説が唱えられてきましたが、科学的に考えると現実離れしたものばかりだと、映画『アルキメデスの大戦』で製図監修を依頼され、戦艦大和などの設計図をすべて描いた播田安弘氏は指摘します。
     船舶設計のプロフェッショナルが蒙古軍船の性能を緻密に検証し、CG上で再現して迫った文永の役の意外な真実とは? 人気のPS4ゲーム「Ghost of Tsushima」で再び脚光を浴びている"蒙古襲来"の、新しいかたちが見えてきます。
    ----------

    ■宗主元帝の無茶ぶり命令
     1274年、フビライはついに日本侵攻の号令を発し、元は高麗に対して、6ヵ月以内に大型軍船300隻、小型上陸艇300隻、水み艇300隻を建造するよう厳命しました。
     さらには大工や工夫として3万人以上を徴発させました。
     しかし、これだけの軍船をつくるのは、大型軍船だけに限ってみても、必要な木材の量、建造期間、船大工や人夫の人数を検討してみると、とても難しいことがわかります。

    (略)

    現代ビジネス 9/17(木) 10:01
    https://news.yahoo.co.jp/articles/c7114b4698770f02d6267af47e013e5ce680a07c

    【【歴史】CGで完全再現したらわかった! 元寇で押し寄せた蒙古軍船の弱点 なぜ蒙古軍は一夜にして撤退したのか】の続きを読む

      このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック
    1: 首都圏の虎 ★ 2020/09/04(金) 02:14:01.83 ID:nC/hPS9j9
    cn250
    中国の内モンゴル自治区で、当局が、学校での教育をモンゴル語から中国語に変更したことに、住民の抗議活動が起きたとみられます。地元警察が、関与した住民らの行方を追っています。

    中国のモンゴル族が住む内モンゴル自治区の学校では、モンゴル語の教科書が使われてきましたが、当局は9月の新学期にあわせて、一部の教科書をモンゴル語から中国語に移行すると発表。これに対しSNS上では、モンゴル語の抗議文を掲げる画像が投稿されるなど、住民らの抗議活動が広がったとみられます。

    こうした中、地元警察は3日、報奨金を提示して、活動に参加した住民らの情報提供を呼びかけるなど捜査に乗り出しました。

    ヤフーニュース
    https://news.yahoo.co.jp/articles/f1862b69f2c6a1ae878671488e6d3a455bfcb89c


    【【パヨクよこれが中国だ】中国の内モンゴル自治区、教育をモンゴル語から中国語に 住民抗議か】の続きを読む

      このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック
    1: 右大臣・大ちゃん之弼 ★  2020/04/27(月) 19:12:26.95 ID:CAP_USER
    no title


    日本と北朝鮮の政府関係者が直接対話する数少ない機会として、毎年開かれてきた国際会議「ウランバートル対話」が、新型コロナウイルスの感染拡大の影響で、ことしは延期となったことが政府関係者への取材でわかりました。

    北東アジア地域の安全保障問題を話し合う「ウランバートル対話」は、2014年から毎年6月にモンゴルの首都ウランバートルで開催されています。

    会議には2014年から2018年までの5年間、北朝鮮の政府機関の関係者が出席し、このうち2017年と2018年には、日本の外務省幹部が短時間、意見を交わし、北朝鮮による拉致問題や核・ミサイル開発の放棄、それに国連安全保障理事会の決議の履行を求めるなど、日本の立場を直接伝える数少ない機会となってきました。

    会議は、ことしも開催される予定でしたが、日本とモンゴルの政府関係者によりますと、新型コロナウイルスの世界的な感染拡大を受けて延期が決まったということです。

    「ウランバートル対話」の延期は、これが初めてで、新たな開催時期などは決まっていないということです。

    NHK 2020年4月27日 19時00分

    【【日本と北朝鮮対話の機会】 国際会議「ウランバートル対話」コロナで延期】の続きを読む

      このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック
    1: 右大臣・大ちゃん之弼 ★  2019/09/04(水) 23:01:01.28 ID:CAP_USER
    DD3FC704-65A5-4431-B6CF-52591B8DAAA3
     
    【ウラジオストク=小野田雄一】1939年にモンゴル国境付近で旧ソ連軍と日本の関東軍が衝突したノモンハン事件から80年となったのに合わせ、ロシアのプーチン大統領は3日、モンゴルの首都ウランバートルを訪問し、同国のバトトルガ大統領と会談した。プーチン氏は会談後の記者会見で「ソ連軍とモンゴル軍は80年前、肩を並べて戦い、侵略者に手痛い反撃を与えた」と指摘。事件を日本による侵略とした上で、ロシアとモンゴルの共闘と友好関係を誇示した。

     近年のプーチン政権は、第二次大戦での対ドイツ戦と日ソ中立条約を破っての対日参戦を「ナチズムとの戦い」と一くくりにし、北方領土占拠の正当化を図る傾向を強めている。

     5日に露極東ウラジオストクで安倍晋三首相との日露首脳会談を控え、プーチン氏には、ノモンハン事件を日本による一方的な侵略と位置付けることで日本を牽制(けんせい)する狙いがありそうだ。

     露メディアによると、両首脳はウランバートルの宮殿内に設けられたモンゴルの伝統的な天幕家屋で会談した。

    モンゴルではノモンハン事件について「(モンゴルは)日ソ両国の犠牲になった」との解釈もあるが、プーチン氏は「ハルハ河会戦(事件の露側呼称)がソ連とモンゴルを結びつけた」と力説した。バトトルガ氏も「両国の友情の下でモンゴルの独立と主権を守った勝利は神聖なものだ。80年の節目にプーチン氏と会えたことは非常に喜ばしい」と述べた。

     両首脳は3日、恒久的な友好協力関係をうたった新たな基本条約に署名した。



    ■ノモンハン事件

     1939年5月、モンゴル国境付近で、旧ソ連の影響下にあったモンゴルと、日本の傀儡(かいらい)だった旧満州国の国境をめぐって起きた大規模戦闘。日本の関東軍は大本営の戦闘不拡大方針に反して攻勢をかけたが、モンゴルを支援したソ連軍の総攻撃を前に大敗を喫した。9月15日の停戦成立までに計4万人を超す死者が出たとされる。事件を機に日本では対ソ開戦論が後退し「南進論」が優勢になった。

    産経ニュース 2019.9.3 22:51
    https://www.sankei.com/world/news/190903/wor1909030025-n1.html


    【【プーチン大統領】モンゴルと対日共闘を誇示 ノモンハン事件80年】の続きを読む

      このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック
    1: 右大臣・大ちゃん之弼 ★ 2019/06/06(木) 01:56:16.35 ID:CAP_USER
    6F759C1F-8221-4860-8669-8B2C560CB56C
     
    モンゴルの首都ウランバートルで5日、北東アジアの安全保障を話し合う国際会議「ウランバートル対話」が2日間の日程で始まった。日本外務省幹部も参加。前提条件なしで日朝首脳会談を目指す安倍晋三首相の方針を北朝鮮側に伝えたい考えだが、同国当局者は初日現れず、接触が実現するかどうかは不透明だ。

     北朝鮮は例年、外務省関係者らを派遣しており、日朝の橋渡しに意欲を示すモンゴル政府は今回も強く参加を働き掛けた。しかし、モンゴルのツォグトバータル外相は5日、記者団に対し「北朝鮮は直前まで対話に出席する用意があると言っていたが、現時点で6日も参加の可能性は低い」との見通しを示した。

     北朝鮮国営メディアは安倍氏が無条件で金正恩朝鮮労働党委員長との会談を目指す姿勢を打ち出した後も連日、日本非難を展開。2日には北朝鮮で日米韓との交渉窓口の一つとなっている朝鮮アジア太平洋平和委員会の報道官が談話を出し、首脳会談の呼び掛けを「面の皮が厚い」と突き放した。(共同)

    サンスポ 2019.6.5 19:09
    https://www.sanspo.com/geino/news/20190605/sot19060519090018-n1.html


    【【北朝鮮】国際会議に現れず モンゴル外相「現時点で6日も参加の可能性は低い」「直前まで対話に出席する用意があると言っていた」 】の続きを読む

      このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック
    1: (^ェ^) ★ 2019/05/14(火) 18:00:14.40 ID:8HsjQc7X9
    https://snjpn.net/archives/130595
    NHKの必要性

    足立康史
    「NHKはいらないのでは?」

    参考人
    「社会的情報を行渡せないといけない。受信料を払い支えることは意味ある」

    足立康史
    「今の感覚では災害・報道などの最新ニュースはTwitterで取得する。NHKの必要性はなくなってきたのでは?」
    no title

    (略) ▼ネット上のコメント

    ・民放でも、いくらでも自然災害の速報とかテロップ出してるから、NHKの存在意義は既にほとんどない

    ・いらない。そして今までに行われてきた受信料に関する詐欺・恐喝行為をきちんと調べてほしい。

    ・意味が有ると思う人が払えばいい。それでも最低限の情報インフラと言うならラジオで十分。これだと月に50円も掛からないでしょ? いい・
     災害は他局でも行っているしNHKだけが何か優れてた情報を流している訳じゃない。実際に被害にあってる人は停電等でTVなんて使えないし、警報とかなら今や携帯の方が速報性も対象者への通知も優れている。ましてや犯罪率が民間企業の50倍の組織に受信料を払って支える義務など全くない ・維新で今色々と起こってるけど、足立先生のこういう姿勢は全面的に支持します。 ・私がNHKを見なくなったのは情報が間違えているから。騙されそうで怖いです。 ・それこそスクランブル放送にすれば解決する話

    【【パヨク悲報】足立康史「NHKはいらないのでは?」 ネット「全面的に支持」「スクランブル放送にすれば解決」「犯罪率が民間企業の50倍の組織… 】の続きを読む

      このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック
    1: SQNY ★ 2018/12/08(土) 20:56:13.64 ID:CAP_USER
    ・平成最後の「天皇誕生日」 祝賀レセプション

     11月29日、シャングリ・ラ・ホテルに於いて、在モンゴル日本大使館主催の、「天皇誕生日」祝賀レセプションが開催され、政治、経済、文化など各界の著名人や各国大使など約380人が招かれ、会場は熱気に包まれた。明仁平成天皇陛下は、この12月23日で85歳を迎える。特に今回は平成最後の天皇誕生日となることから、高岡正人日本国特命全権大使はこの意義を挨拶で強調し、今後も変わらぬモンゴルとの友好関係促進に期待を寄せた。主賓のダムディン・ツォグトバータル外務大臣も、天皇誕生日を祝し、二国間パートナーシップのより力強い絆を確信し、未来への展望を願った。式典では先に日本の外務大臣表彰を授与されたモンゴル国立馬頭琴交響楽団が両国の国歌を演奏し、国立オペラ・バレエ劇場のプリマドンナ・エンフナラン・ソプラノ歌手とシジルボルド・テノール歌手が両国の国歌を歌い上げ、会場を盛り上げた。引き続きの鏡割りでは、ボルド・モンゴル日本国会議員連盟副会長(元外務大臣)が乾杯の音頭をとり、高岡大使やソドノム・モンゴル日本友好促進協会会長(元首相)、D.ダグワドルジ大統領特使(元横綱朝青龍)など並びいる来賓の代表者らが「ヨイッショ!」の元気な掛け声で木槌を振った。この日は、高岡大使夫人をはじめ日本大使館の外交官夫人たちが着物の晴れ姿でお客を接待する中、モンゴルの招待客にも着物姿が目立った。招待客たちは提供された宮崎県の高級和牛や寿司などの日本食に舌鼓を打ち、和やかな両国交流の輪が広がった。

     なお、平成天皇は4月30日に退位し、5月1日、徳仁皇太子殿下が天皇に即位、新元号の時代を迎える。


    ・在モンゴル日本国大使館 Embassy of Japan in Mongolia 平成30年天皇誕生日祝賀レセプション
    https://www.mn.emb-japan.go.jp/itpr_ja/Tentan_jpn_1203.html

    no title

    no title

    no title


    2018-12-07 10:13:44 MONTSAME News Agency
    http://montsame.mn/jp/read/173641#&gid=1&pid=2

    【【在モンゴル日本大使館】平成最後の「天皇誕生日」 祝賀レセプション】の続きを読む

      このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック
    1: ばーど ★ 2018/03/06(火) 14:47:10.11 ID:CAP_USER9
    小学館の「月刊コロコロコミック」(2018年3月号)に、モンゴルの英雄チンギス・ハンに対し不適切な描写のある漫画が掲載された問題で、作者の吉野あすみ氏の謝罪文が3月6日、同誌公式サイト上に掲載された。

    謝罪文の中で吉野氏は、「モンゴル国の歴史と文化について不見識だったことを深く反省し、今後は様々な国の歴史と文化を深く理解し尊重する表現を心がけていきたいと思います」などとコメントした。

    「月刊コロコロコミック」(18年3月号、小学館)
    no title


    「全ての方々に謹んでお詫び申し上げます」

    小学館は6日、公式サイト上で「『コロコロコミック』3月号については、販売中止とし、書店様にすみやかな返品をお願いすることといたしました」と報告。書籍の返品を希望する購入者には、定価相当を返金するとも伝えた。手続きの詳細は後日サイト上に掲載するという。

    この販売中止のアナウンスにあわせて、コロコロコミックの公式サイトのトップページには「作者からみなさまへ」として、チンギス・ハンをめぐる表現が問題視された漫画「やりすぎ!!!イタズラくん」の作者・吉野あすみ氏の謝罪文が掲載された。全文は以下の通り。

    “「この度は、私の漫画内でモンゴルの英雄チンギス・ハーンに対し大変不適切な描写をしてしまい誠に申し訳ございませんでした。

    チンギス・ハーンを敬愛する全ての方々に謹んでお詫び申し上げます。

    モンゴル国の歴史と文化について不見識だったことを深く反省し、今後は様々な国の歴史と文化を深く理解し尊重する表現を心がけていきたいと思います」

    2018/3/ 6 13:14
    J-CASTニュース
    https://www.j-cast.com/2018/03/06322882.html

    【【チンギス・ハン問題】「コロコロコミック」 販売中止 作者が謝罪 「コロコロ」サイトに載った文面 】の続きを読む

      このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック
    1: ばーど ★ 2018/02/24(土) 08:17:03.98 ID:CAP_USER9
    日本の漫画雑誌に、モンゴルのチンギス・ハーンを侮辱するような内容が書かれていたとして、モンゴル大使館が外務省に抗議していたことが分かりました。

    小学館が発行するコロコロコミック3月号に、モンゴルの英雄、チンギス・ハーンを侮辱するような表現が含まれた漫画が描かれていたとして、モンゴル国内では批判が高まっていました。

    23日、モンゴル大使館は「モンゴル国民に対する敬意が感じられない」として日本の外務省に直接、抗議しました。外務省によりますと、抗議を伝えられた小学館は謝罪したということです。

    テレ朝news
    http://news.tv-asahi.co.jp/news_politics/articles/000121566.html 

    【【国際問題】チンギス・ハンの顔に男性器の落書き モンゴルの抗議に小学館謝罪 コロコロコミック3月号 】の続きを読む

      このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック
    1: しじみ ★ 2017/12/28(木) 18:29:38.51 ID:CAP_USER
    モンゴルのゴビ砂漠北辺で、岩壁に刻まれた約2千年前の漢文の銘文がみつかった。
    中国の後漢王朝(25~220年)の遠征軍が、
    モンゴル高原を支配していた騎馬遊牧民・匈奴(きょうど)と交戦した経緯や「戦果」を祝う詩などが刻まれ、
    中国の歴史書に記載された内容とほぼ同じだった。モンゴル最古の漢文銘文とみられ、
    専門家は、なぞに包まれた匈奴と後漢の関係史の解明につながると期待する。

     鈴木宏節(こうせつ)・青山学院女子短期大学助教(東洋史)らが2010~17年、
    モンゴル科学アカデミーと共同で現地調査を断続的に実施して明らかにした。

     鈴木さんによれば、現場は首都ウランバートルから南南西に約350キロ離れた、
    ゴビ砂漠の北側に広がる標高1471メートルの山岳地帯。銘文は、南側に向いた岩壁に刻まれていた。
    高さ約3メートルの石の平らな表面に縦120センチ、横180センチの範囲に残されていた。
    1文字の大きさは4センチ角。計250文字程度が確認でき、字体や内容から後漢が残した文章とみられる。

    画像:モンゴルでみつかった漢文銘文の拓本。
    「封山刊石(山で祭祀〈さいし〉し、石に文章を刻みの意味)」
    「王師征荒裔(漢帝国の帝王の軍隊は最果ての地を制覇したの意味)」などと読める
    no title


    朝日新聞
    https://www.asahi.com/articles/photo/AS20171227000838.html

    【【考古学】モンゴルの岩壁に2千年前の銘文 「後漢書」と同じ内容 】の続きを読む

      このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック
    大相撲の横綱日馬富士(33=伊勢ケ浜)による、平幕貴ノ岩(27=貴乃花)への暴行が、ついに国際問題に発展する可能性が出てきた。

    モンゴルの大統領特使を務める、元横綱朝青龍のドルゴルスレン・ダグワドルジ氏(37)が、
    今回の問題をバトトルガ大統領に報告したことが23日、関係者の話で分かった。

    日本とモンゴルの友好関係への影響を懸念し、同大統領は今回の件で、
    安倍晋三首相と話し合いの場を持ちたい意向を持っているという。角界の枠を超えた展開に突入した。

     日本との関係を担当する大統領特使を、8月から務める元朝青龍が動いた。モンゴル政府に近い関係者によると、
    日馬富士による暴行問題について、すでにバトトルガ大統領に報告していることが判明。

    元朝青龍は16日に日本語で「ビールびんありえない話し!」(原文まま)とツイートし、
    日馬富士のビール瓶を使った暴行を否定するなど、今回の問題に強い関心を示していた。
    今回は日馬富士、貴ノ岩ともにモンゴル人による問題。
    相撲界だけでなく、日本でモンゴル人が敬遠されることを懸念し、大統領に忠告したという。

    現地では連日多くのメディアが、今回の問題を報じている。日本でモンゴル人力士への風当たりが強いという報道も少なくない。
    関係者は「バトトルガ大統領は、相撲がモンゴルと日本の友好関係に大きく影響していると思っている」と話し、
    今回の問題を発覚当初から軽視していなかったという。
    大統領自身、格闘技サンボの元モンゴル代表でモンゴル柔道連盟の会長を務めるなどスポーツ、特に格闘技への理解がある。

    そんな状況下で、元朝青龍から報告を受けた。関係者は続けて「大統領は安倍首相と今回の件で話し合いの場を持ちたい意向のようです」と明かした。
    トップ自ら問題の沈静化と友好関係維持に努めたい考えだ。

     

    【モンゴル大統領、相撲の暴行問題で安倍首相と面会希望 友好関係への影響を懸念 】の続きを読む

      このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック
    大相撲の元横綱・朝青龍さんが、モンゴル新大統領の日本担当の外交顧問に指名された。
    モンゴル大統領府は元横綱・朝青龍、ドルゴルスレン・ダグワドルジさんを、日本担当の外交顧問に指名したと発表した。
    朝青龍さんは、7月の大統領選挙で、格闘技のサンボの元世界チャンピオンで、実業家のバトトルガ大統領を全面的に応援していた。
    外交顧問の任期は1年で、モンゴルでは元小結・旭鷲山さんも、大相撲引退後に大統領の補佐官を務めた。

    FNN
    https://headlines.yahoo.co.jp/videonews/fnn?a=20170804-00000289-fnn-int 【元横綱・朝青龍が日本担当に】の続きを読む

    このページのトップヘ

    無料レンタル