かたすみ速報

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    タグ:ユダヤ人

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    1: 昆虫図鑑 ★ 2021/10/14(木) 10:40:55.32 ID:CAP_USER
    チウネ・スギハラ広場
    第二次世界大戦時にバルト三国の1つ、リトアニアで日本領事を務めていた時、ユダヤ人数千人がナチス・ドイツの迫害から逃れ、米国に避難できるよう救いの手を差しのべた「日本のシンドラー」と言われる杉原千畝(1900-86年)の名を冠した広場がイスラエルのエルサレム市に誕生した。NHKなど日本のメディアは11日(現地時間)、エルサレム市南西部の広場「チウネ・スギハラ広場」で式典が開かれたと報道した。報道によると、この記念式には杉原の遺族や、ビザをもらったユダヤ人とその家族ら約70人と、水嶋光一駐イスラエル日本大使などが参加した。

     杉原の四男でベルギー在住の杉原伸生さんは記念式で、「父は偉大なことをしたとは思っておらず、ユダヤ人が困っていたのでビザを発給しただけだった。それが多くの人を救い、何万人もの子孫につながっていると知ったら驚くと思う」と語った。エルサレムのレオン市長は「今回の広場命名は、彼の高尚な行動に対し感謝の意を表したものだ」と説明した。杉原は第二次世界大戦初期だった1939-40年にリトアニアの臨時首都だったカウナスで日本領事代理を務めたが、当時ナチス・ドイツからの迫害を避けて海外に脱出しようとしていたユダヤ人が第3国に向かうことができるよう、日本通過ビザを2139件発給し、米国などへの亡命を助けた。

    このため杉原は、第二次世界大戦時にポーランド系ユダヤ人を救ったドイツの実業家オスカー・シンドラーになぞらえ「日本のシンドラー」と呼ばれるようになった。当時ドイツの同盟国だった日本政府はビザの発給を禁止する訓令を出したが、杉原はそれを破って自身の裁量でビザを発給した。1940年に列車で任地を離れる直前まで妻と一緒に一日数百枚、手書きでビザを発給したという。杉原が発給した通過ビザは1枚で1家族が使用でき、約6000人がナチス・ドイツの迫害を逃れて命をつないだ。そのため、「命のビザ」と呼ばれた。

    杉原がルーマニアのブカレスト公使館にいた1945年8月に日本は降伏した。そして、日本が敗戦の後遺症に苦しんでいた1947年4月に家族と帰国した。2カ月後に外務省に呼び出された杉原は辞任圧力を受けて仕事を辞めた。その後、米軍のPX(売店)などで働いて生計を立てた。杉原は人々に忘れられていったが、「命のビザ」をもらって救出されたユダヤ人たちは杉原を捜し続けた。その中の1人が10代でビザをもらって脱出して、後にイスラエルの外交官になったヨシュア・ニシュリだった。ニシュリは、イスラエルの外交当局を通じて杉原を見つけ出し、1968年8月に杉原と再会した。この時、ニシュリが28年前に発行されたボロボロのビザを手にして涙をこぼす姿が話題になった。杉原の善行はこの時から広く知られるようになった。

     イスラエル政府は1969年に杉原に勲章を授与した。これに先駆けて、イスラエルの地中海沿岸都市ネタニヤに杉原の名を冠した「チウネ・スギハラ通り」が作られた。中部の都市ベト・シェメシュにも杉原を記念して植えた木がある。それに加えて今回、首都にその名を冠した記念広場が誕生したもので、イスラエルは杉原を格別に礼遇している。2000年に彼の故郷・岐阜県に建設された「杉原千畝記念館」は、日本を訪れるイスラエル人観光客が必ず行く観光コースとして親しまれている。しかし、「人類愛を示した彼の行動を、日本の政権は政治的に利用している」という指摘もある。2015年1月に当時の安倍晋三首相はイスラエルのホロコースト記念館を訪れた時、第二次世界大戦における自国の戦犯の蛮行に言及せず、杉原について語った。これに対して、「歴史問題をうやむやにするためではないか」という批判が出た。

    朝鮮日報
    http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2021/10/14/2021101480006.html

    【【韓国報道】エルサレムに「日本のシンドラー(杉原千畝)」の名冠した広場誕生】の続きを読む

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    1: ネトウヨ ★ 2021/07/22(木) 12:21:24.84 ID:WbUjUyrk9
    kobayashi

     23日の開会式でショーの演出担当を務める元お笑い芸人の小林賢太郎氏(48)が解任された。大会組織委員会関係者が22日、明らかにした。

     小林氏は、過去にユダヤ人大量虐殺(ホロコースト)をコントのネタにしていたとみられる動画が拡散し、SNS(ネット交流サービス)で批判されていた。【田原和宏】

    毎日新聞
    https://mainichi.jp/articles/20210722/k00/00m/040/070000c


    【【東京五輪】ショーディレクター小林賢太郎、解任】の続きを読む

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    1: 記憶たどり。 ★ 2021/07/22(木) 11:15:56.38 ID:GEhocCJe9
    kobayashi

    米ユダヤ系団体が21日、東京五輪・パラリンピック組織委員会の開閉会式の制作・演出チームで「ショーディレクター」を務める小林賢太郎氏が、芸人時代にユダヤ人大量惨殺を扱った喜劇を演じていたことに抗議した。

    共同通信
    https://nordot.app/790734484224671744?c=39550187727945729



    【【東京五輪】米ユダヤ系団体、開閉会式ディレクターのラーメンズ小林賢太郎氏がユダヤ人大量惨殺を扱った喜劇を演じていたことに抗議】の続きを読む

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    1: 昆虫図鑑 ★ 2021/05/15(土) 08:04:46.01 ID:CAP_USER
    (中略:ユダヤ人について)

    韓民族とユダヤ人は共通点が多い。頭が良く勤勉で機動力あって、人がいない砂漠でもらくらく水を売り、寒いシベリアで氷水を売り込む事業手腕もまたユダヤ人に劣らない。

    しかし、ぴったり二つ、決定的に欠如しているものがある。一つは分断化だ。ユダヤ人は困難な時に結束した反面、私たちは分裂する。そういう中で利益を取る。葛藤と対立を激化させたところから利益を生み出す。長い間の党派争いの伝統のせいか、困難により固く一つになるイスラエルと異なり、私たちはそのような困難を利用して利益を得る人々のせいで構成員が分断してしまうということだ。

    もう一つは歴史性の貧困だ。それは日本を見る態度に如実にあらわれる。日帝強制占領期間の受難をもうそろそろやめにしようという。うんざりすると言う。主に既得権層だ。民族意識が透徹するほど、保守既得権層であるほど歴史意識が透徹したイスラエル民族と正反対になる。

    イスラエル指導部はユダヤ人虐殺を主導したアイヒマンを第二次大戦終戦から20年をはるかに過ぎても、アルゼンチンの密林に隠れて生きているのを発見し、ドイツ警察と合同で最後まで追跡し、ついに刑場のつゆと消えるようにした。その時、アイヒマンの年齢は70代。反省し謝罪しない者に寛容はありえないことだ。

    これは極端な事例だが、今もイスラエルは秘密警察モサドを通じてナチ戦犯を捜し出しドイツ政府とともに必ず断罪している。

    日本は従軍慰安婦、数万人を日本軍の性的オモチャとして管理しておきながら否定している。人類のぬぐえない蛮行であることが恥だからだろう。

    ところが韓国の保守層は傍観したり、酷い場合にはうんざりする、やめようと言う。厳格に存在する辛い歴史を隠し否定するのに嫌気がさして止めようという。何度も謝ったろうと言ってやめようというのだ。しかし、謝ったとしても次の日に否定し嘲笑してごり押しするのにどうして無視できるのか。さらに悪辣なのはフタをして進もう?イスラエルやドイツ民族なら可能だろうか?

    彼らが本当に謝罪してこれ以上歴史の犯罪を犯さないと約束するなら、ただ1ウォンの賠償金でも寛容を施すことができる。ところが寛容を施す機会を与えず、私たちが先に許して和解しようという。卑怯者の行動に他ならない。

    反省しない日帝の蛮行にフタをするのはそのような歴史が繰り返されても容認するというのと同じだ。
    (中略:突然、光州事件に話しが飛ぶ)

    イスラエルとドイツは今もナチ戦犯を捜し出して断罪している。ベルリンに行ってみればナチ蛮行とユダヤ人を追悼する表示板があちこちに散在している。市自体が追悼公園になっているのを私たちはどのように見るべきだろうか。真実が明らかになった後に歴史は寛容を施すことができる。

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    ▲ユダヤ人集団虐殺(Holocaust)を象徴するベルリンのユダヤ人追悼公園。四角形の造形物は犠牲者の柩を象徴するという。

    イ・ギェホン主筆

    世宗(セジョン)ポスト(韓国語)
    http://www.sjpost.co.kr/news/articleView.html?idxno=58151


    【【嘘だらけ韓国】 韓民族とユダヤ人は共通点が多いが、異なる点が2つある~困難な時の分断と歴史忘却】の続きを読む

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    1: 坊主 ★ 2021/04/15(木) 19:55:37.92 ID:CAP_USER
    来日したユダヤ難民を支援したポーランド大使のタデウシュ・ロメル氏を紹介した展示=福井県敦賀市金ケ崎町の「人道の港敦賀ムゼウム」で、大島秀利撮影
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     第二次世界大戦中の「命のビザ」(杉原ビザ)によるユダヤ難民の上陸記録などを展示する資料館「人道の港敦賀ムゼウム」(敦賀市金ケ崎町)で、ユダヤ難民を日本で支援した駐日ポーランド大使「タデウシュ・ロメル展」が開かれている。5月11日まで。【大島秀利】

     ロメル氏は1937~41年に初代駐日大使を務めた外交官。リトアニアのカウナス領事代理だった杉原千畝氏が発給したビザは滞在期間が10日間だったが、ロメル大使は、ポーランド系ユダヤ難民の滞在期間延長や出国ビザを日本政府に求めたり、出国先のビザ発給の仲介をしたりした。さらに妻と一緒に、渡航資金を持たない難民の義援金集めにも奔走。そのおかげで、米国やカナダなどの最終目的地に到達したユダヤ難民は約1000人に上るとされる。

     同館は「杉原ビザから始まるユダヤ難民救済はロメル氏の献身がなければ成し遂げられなかった」としている。

     41年にポーランド大使館が閉鎖されると、当時、ポーランド系ユダヤ人が約950人いたとされる上海に支援の場を移した。展示は共催するポーランド大使館から提供を受けた大型パネル10枚や映像が使われている。

     敦賀ムゼウムは入場料一般500円、小学生以下300円。水曜日休館。

    毎日新聞 地方版 2021/4/14
    https://mainichi.jp/articles/20210414/ddl/k18/040/230000c


    関連
    【兵庫】ナチス迫害から逃れたユダヤ人救った樋口中将 顕彰する銅像の建立、出身地の淡路島で計画 米戦略家らが建立委員会設立
    http://katasumisokuhou.blog.jp/archives/26931540.html

    【【福井】「杉原ビザから始まるユダヤ難民救済、ロメル氏の献身で成し遂げられた」 命のビザつなぐ献身、ポーランド大使・ロメル展】の続きを読む

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    1: 坊主 ★ 2021/04/13(火) 23:23:22.48 ID:CAP_USER
    ハルビン特務機関長時代の樋口季一郎(樋口隆一氏提供)
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    樋口中将孫の樋口隆一氏
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     第2次世界大戦直前、ナチス・ドイツの迫害からユダヤ人を救った陸軍中将、樋口季一郎(明治21年~昭和45年)の功績を顕彰する銅像を樋口の出身地、兵庫県南あわじ市などに建立する計画が進んでいる。12日までに孫の明治学院大学名誉教授の隆一氏を代表とする銅像建立委員会が設立された。

     設立委員には、南あわじ市の守本憲弘市長や戦略論研究で世界的権威の米歴史学者であるエドワード・ルトワック氏らが名を連ね、来年秋、南あわじ市の伊(い)弉(ざ)諾(なぎ)神宮などに銅像建立を目指し、5月に一般社団法人を設立し、約2000万円の寄付を募る。

     樋口中将はハルビン特務機関長だった昭和13(1938)年、ナチスの迫害を逃れソ連を通過してソ連・満州国境に逃れながら立ち往生していたユダヤ難民を満州国に受け入れ、脱出ルートを開き、救出人数は2万人とされている。

     この2年後の40年、リトアニアのカウナスで杉原千畝領事代理が命のビザを発効しユダヤ人を救った。

     また45年の終戦時、樋口中将は北の守りを固める第5方面軍司令官として、千島列島のシュムシュ島(占守島)や樺太での旧ソ連軍との自衛戦闘を指揮し、「ソ連の北海道への侵攻を阻止した」との再評価が進み、昨年9月、北海道の石狩に記念館が開設された。

     ドイツと防共協定を結び、反対が根強い中、樋口中将は捨て身でユダヤ人難民を救出し、上司だった関東軍の東条英機参謀長もこれを不問に付した。樋口中将は、ユダヤ民族に貢献した人を記したエルサレムの「ゴールデンブック」に掲載されたが、軍人という理由から、杉原のようにホロコースト(大虐殺)の犠牲者を追悼するためのイスラエルの国立記念館「ヤド・ヴァシェム」から『諸国民の中の正義の人』(英雄)に列せられなかった。

     同委員会は、銅像建立を通じて人道行為の功績を発信したいとしている。

     ルトワック氏は、「樋口は混乱して予測不能の困難な時代に率先して勇気ある大胆な行動を取った。彼に助けられ、戦後、大使や科学者になった者も少なくない。しかし、ヤド・ヴァシェムから英雄に処されていない。いつ、どこにも良い軍人はいた。樋口は広く顕彰されるべきだ」と話している。(岡部伸)

    産経新聞 2021.4.12 12:41
    https://www.sankei.com/world/news/210412/wor2104120010-n1.html

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    1: みの ★ 2021/01/28(木) 08:41:04.37 ID:7z5pit9e9
    【1月27日 AFP】ナチス・ドイツ(Nazi)のホロコースト(Holocaust、ユダヤ人大量虐殺)を逃れた数多くのユダヤ人が、中国・上海に身を寄せ合って暮らしていたことはあまり知られていない。当時、まだ幼児だったクルト・ウィック(Kurt Wick)さんが、強制収容所の「死」を免れることができたのも、上海に避難することができたためだ。

     現在、ウィックさんは83歳。過去20年にわたり、アドルフ・ヒトラー(Adolf Hitler)の残虐行為から、いかに上海がユダヤ人を救ったかを語り続けている。「(上海は)ユダヤ人2万人を救った。もしあの助けがなければ、こうして今、話をすることはできなかった」

     オーストリア・ウィーン生まれのウィックさんは、イタリア・トリエステ(Trieste)の港から、両親と共に上海へと避難した。

     1月27日は「ホロコースト犠牲者を想起する国際デー(International Holocaust Remembrance Day)」。アウシュビッツ・ビルケナウ(Auschwitz-Birkenau)強制収容所が1945年に解放された日だ。

     人類史上最悪のジェノサイド(大量虐殺)により、ユダヤ人600万人が殺された。だがウィックさんと6人の家族は、欧州から上海に逃げることができた。上海は当時、入国ビザを必要としない数少ない渡航先の一つだったのだ。ユダヤ人でも、このことを知らない人は多いとウィックさんは話す。

     迫害から逃れてきたユダヤ人は、既に19世紀に渡ってきていた少数だが裕福な同胞から援助を受け、自分たちのコミュニティーを築くことができた。

    (略)

    https://www.afpbb.com/articles/-/3328589
    2021年1月27日 16時47分

    【【日本の保護】ナチスから逃れたユダヤ人は、日本占領下の上海に身を寄せ合って暮らした】の続きを読む

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    1: 樽悶 ★ 2020/09/15(火) 23:15:40.81 ID:iJeGh7BH9
    第五方面軍司令官として北海道防衛の策を練る樋口季一郎(樋口隆一氏提供)
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    樋口季一郎中将の記念館を見学する孫の樋口隆一氏(右)ら親族=15日、北海道石狩市の同館(寺田理恵撮影)
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     ナチスの迫害から多くのユダヤ人を救出した旧陸軍の樋口季一郎中将(1888~1970年)の功績を伝える記念館が15日、北海道石狩市・五の沢地区に開館した。戦後75年を経て足跡を知る人が少なくなっており、運営法人の三上武樹理事長(57)は「功績を世界に発信したい。記念館があること自体が発信になる」と話している。

     樋口中将はハルビン特務機関長だった昭和13(1938)年、ナチスに追われソ連・満州国境に逃れてきたユダヤ難民を満州国に受け入れ、脱出ルートを開いた。救出した人数は2万人など諸説がある。

     多くのユダヤ人を救った外交官の杉原千畝(ちうね)氏になぞらえ、「もう一人の杉原」と呼ばれる。

     また、先の大戦の終戦当時、千島列島のシュムシュ島(占守島)や樺太での旧ソ連軍との自衛戦闘を司令官として指揮し、「北海道への侵攻を阻止した」との再評価が進んでいる。

     記念館の名称は「偉大なる人道主義者 樋口季一郎記念館」。古民家の蔵を改修し、北海道防衛策を練った机や北海道小樽市で新たに見つかった資料など約20点を展示している。23日から一般公開される。

     15日の開館式には、樋口中将の親族や石狩市の加藤龍幸市長ら約30人が出席した。孫の樋口隆一・明治学院大名誉教授(74)は「祖父は『人として当たり前のことをした』と言っていた。北海道防衛では周到に準備したにもかかわらず、数多くの犠牲者を出さざるを得なかったことは忘れてはいけない」とあいさつの言葉を述べた。

    9/15(火) 20:45配信 ヤフーニュース
    https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200915-00000620-san-hok

    【【北海道】もう一人の杉原千畝、樋口季一郎中将の記念館開館 「ナチスの迫害から多くのユダヤ人を救出」「旧ソ連の北海道への侵攻阻止」】の続きを読む

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    1: 朝一から閉店までφ ★ 2020/06/05(金) 00:37:37.10 ID:Czr5eW8J9
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    2020年06月03日 13時53分

     第二次世界大戦中、旧ソ連の駐ウラジオストク総領事代理を務めた根井三郎さん(一九〇二~九二年)が、ナチスドイツの迫害から逃れたユダヤ人難民に発給した日本通過ビザが初めて発見された。
    根井さんが独断でビザを発給したとの証言記録は二〇一七年にロシアで見つかっており、この調査に携わった大学教授は「証言を裏付ける重要な資料」とみる。
    ユダヤ人難民を救った「命のビザ」は駐リトアニア領事代理の杉原千畝(ちうね)が有名だが、「根井ビザ」の発見者は「陰の功労者にも光を当ててほしい」と話している。 (高野正憲)

    (略)

    東京新聞
    https://www.tokyo-np.co.jp/article/33038

    【【他にもいた】杉原千畝の他にも「命のビザ」 ユダヤ難民に日本人外交官 現物見つかる】の続きを読む

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    1: 樽悶 ★ 2020/05/19(火) 23:36:32.79 ID:mindzvh99
    日ユ同祖論を提唱した酒井勝軍
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    昭和の初めに酒井勝軍(さかいかつとき)という人物が唱えた「日ユ同祖論(にちゆどうそろん)」。それによると日本人は、ユダヤの失われた十支族の末裔であり、両民族間には血縁があるという説です。

    失われた十支族とは、旧約聖書に記されたイスラエルの十二支族のうち、行方が知られていない十支族のこと。もちろん、この説は科学的に立証されたわけではないですが、丁寧に見ていくと興味深い共通点がいくつかでてきます。

    約束の地を求めて東に向かった十支族の末裔たちは、数百年かけて東の果てにあった日本にたどり着きました。その間に混血が進み見た目にはアジア人に近い姿になっていた古代ヘブライ人は、天孫降臨族として日本に定着したのだとか。

    その後、何度かに分けて日本に渡来した古代ヘブライ人、その主な一族は物部氏や秦氏でした。当然のように東南アジアや朝鮮半島、中国からの渡来人や原日本人と混血していき、現在の日本人や日本文化が形成されたのですが、日本の言語や風習には古代ヘブライ人との共通な部分が多数確認できます。

    まずは言語。地名や単語は数千年経っても極端に変化することは多くはありません。日本語と類似したヘブライ語は一説には3000語を超えるともいわれています。

    いくつか実例を挙げてみましょう。まず「鳥居(トリイ)」という単語は、ヘブライ語のアラム方言で、「門」を意味し、「帝(ミカド)」という単語は、高貴な人物を意味するヘブライ語の「ミカドル」によく似ているし、「駄目(ダメ)」という単語は、そのままの発音でヘブライ語で通じ、駄目という意味で使われています。

    また、「憎む(ニクム)」という単語もそのままの発音でニクムという意味で通じるし、「主(ヌシ)」という単語も同様にリーダーという意味になります。

    さらに、「忌む(イム)」という言葉は、「酷い」という意味、「飛鳥(アスカ)」は、住所を意味し、「滅ぶ(ホロブ)」もそのまま通じます。

    このように共通する言葉が3000以上も確認されています。これは果たして偶然でしょうか。

    また、日本の神社の配置構造が古代ヘブライの神殿と似ており、古代イスラエルが使用していた「ダビデの王の紋章」も、かごめ紋・六芒星として古い神社で多く使われています。

    さらに、古代ヘブライには天使と相撲を取る話が残されていますが、これも日本に残る神様と相撲をとる相撲神事に似ています。

    また、古代ヘブライから続く過越祭(ペサハ)という歳越しと日本の年越しから正月にかけての習慣が似ています。ペサハは、日本の大みそかと同じように家族で寝ないで過ごし、七日間どんちゃん騒ぎが続きます。

    これは、日本の正月の七日間と同じであり、餅のような中身の入っていないパンを祝うのも類似性を持っています。神社の鳥居の形は、古代ヘブライの住宅に玄関と同じ形状をしています。

    イスラエルの元駐日大使エリ・コーヘン氏は徳島県に何度も訪問していますが、徳島県美馬市にある倭大國神社でメノラー(イスラエル国家の紋章として使われる七枝燭台)を発見し、日本人とユダヤ人は同じ先祖を持つと発言しています。

    また古代ヘブライ人に見られるYAPと呼ばれる遺伝子は、アジアでは主に日本人に多いそうです。また、四国八十八カ所の霊場も、剣山に埋められたアークを守護するための結界の一種なのではないかといわれています。

    やはり、古代の徳島にヘブライ人たちが渡来したのでしょうか。(湯本泰隆)

    2020年5月16日 10時1分
    https://news.livedoor.com/article/detail/18270772/
    006FA224-2457-4F85-92B0-EA31E8748E5F


    【【歴史】日本人の祖先はヘブライ人?日本人はユダヤの失われた十支族の末裔であるとする「日ユ同祖論」】の続きを読む

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    1: Toy Soldiers ★ 2019/11/16(土) 12:05:22.08 ID:veHbkFgi9
    ShounanTK (@shounantk)さんが8:29 午後 on 日, 11月 10, 2019にツイートしました。
    杉原千畝氏は
    ユダヤ人をビザで救ったが

    それを可能にしたきっかけは

    日本軍樋口季一郎中将による
    ユダヤ人救援であり

    ドイツからの抗議を一蹴して
    それを黙認した東條英機だった

    多くの日本人の信念によって
    数千人が救われたが

    戦後「日本軍=悪」とする為
    この話は歴史から消された

    再び光を
    https://twitter.com/shounantk/status/1193490980990644225?s=03

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    【【ユダヤ人を救った日本人】杉原千畝氏の行動を可能にしたのは樋口季一郎中将であり、ドイツからの抗議を黙認した東條英機だった  】の続きを読む

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    1: SQNY ★ 2019/10/27(日) 16:11:23.87 ID:CAP_USER
    ・リトアニア大統領 「命のビザ」杉原千畝の記念館訪問

    第2次世界大戦中に、ナチス・ドイツからユダヤ人を救った、岐阜県出身の杉原千畝の県内にある記念館を、リトアニアの大統領が訪れ、「リトアニア人と日本人がこれからも友好と協力を深めていけるよう祈っている」と功績をたたえました。

    「命のビザ」で知られる杉原千畝は、外交官としてリトアニアに駐在していた時、ナチス・ドイツの迫害から逃れるユダヤ人のために、日本政府の指示に背いてビザを発給し、数千人の命を救ったと言われています。

    24日は岐阜県八百津町にある杉原千畝の記念館を、天皇陛下が即位を宣言される式典に合わせて来日した、リトアニアのナウセーダ大統領が訪れ、千畝の胸像に花を供えた後、大統領の「すべての人々に平和と調和を」というメッセージを刻んだプレートが披露されました。

    このあとナウセーダ大統領は「勇気を持って危険と対じし、数千人の命を救った。リトアニア人と日本人が、これからも友好と協力を深めていけるよう祈っている」と述べ、最後は日本語で「皆さんを愛しています」と締めくくりました。

    参加した70代の女性は「心のこもったいい式でした。杉原千畝のしたことは、人道的な意味ですごいことだと思います」と話していました。

    来年は杉原千畝の生誕120年「命のビザ」発給から80年の節目を迎え、岐阜県はリトアニアとの交流をさらに深めたいとしています。
    発給80周年を記念して杉原千畝の像建立へ
    杉原千畝の記念館を訪れたあと、リトアニアのナウセーダ大統領は、岐阜市で記者会見し、「温かく歓迎してもらった。式典への参加は有意義なものだった」と振り返りました。

    また来年の「命のビザ」発給80周年を記念して、リトアニアのカウナスに杉原千畝の像を建てることを明らかにしたうえで、「多くの命を救った杉原千畝の決断は、心のこもったものだ。しかし、リトアニアでは、まだ広く知られていないので、必ず彼の功績を広めていく」と抱負を述べました。

    ・Prezidentas pagerbė japonų diplomato Čiunės Sugiharos atminimą
    https://www.lrp.lt/lt/ziniasklaidos-centras/naujienos/prezidentas-pagerbe-japonu-diplomato-ciunes-sugiharos-atminima/33287

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    2019年10月24日 19時48分 NHK
    https://www3.nhk.or.jp/news/html/20191024/k10012147201000.html

    【【リトアニア大統領】「命のビザ」ユダヤ人数千人の命を救った杉原千畝の岐阜の記念館を訪問「温かく歓迎してもらった」】の続きを読む

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    1: プラチナカムイ ★ 2019/02/13(水) 07:21:38.38 ID:E6ry13649
     杉原千畝
    第2次大戦中に「命のビザ」でユダヤ人数千人を救った外交官杉原千畝(1900~86年)を顕彰し、イスラエル中部で植林された松など400本の少なくとも一部が消失し、現地に建立された記念碑も撤去され、所在不明になっていることが12日分かった。

    複数の関係者が明らかにした。伐採された可能性が高い。

    ナチス・ドイツの迫害からユダヤ人を救った杉原千畝はイスラエルで英雄視され、85年にイスラエル政府から「ヤド・バシェム(諸国民の中の正義の人)賞」を贈られた。中部ベトシェメシュ近郊で同年に行われた植林には、ビザ発給で一命を取り留めた人々やその親族が参加。植林支援のため、日本から寄付金も贈られた。

    植えられた木はその後、周辺の樹木と区別がつかないほどに大きく成長したが、15年ほど前の宅地造成工事に伴い、少なくとも一部が伐採されたとみられる。杉原の業績と植樹に関する説明を記していた石の記念碑もその際、破壊された可能性があるという。

    国土の多くが砂漠で、植林を重視するイスラエルで記念樹が伐採されるのは異例だ。植林を管轄する準政府機関ユダヤ民族基金は先月、実態解明に向けた調査を開始した。

    85年、当時病床にあった杉原千畝に代わり、ベトシェメシュでの植林記念式典に参加した四男伸生さん(70)=ベルギー在住=は「植林には人間の命がこもった木を皆で植えたという意味があった。後世への希望が刈り取られ、記念碑が捨てられてしまったのが悲しい」と落胆している。イスラエル国内外のユダヤ人社会からも、木や記念碑を守れなかったことに強い批判の声が出そうだ。

    2/13(水) 7:12
    ヤフーニュース
    https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190213-00000010-jij-int

    【【イスラエル】「命のビザ」植林が消失=杉原千畝記念碑も所在不明 】の続きを読む

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    1: 動物園φ ★ 2018/01/15(月) 15:45:46.57 ID:CAP_USER
    2018年01月15日15時06分
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    安倍首相が在リトアニア日本総領事記念館を訪ねて故杉原千畝元在リトアニア日本総領事を「日本人として誇り」と話したことを受け、韓国メディアが批判の声を出している。

    韓国日刊紙「アジア経済」は15日、リトアニアを訪問している安倍首相が14日(現地時間)、「日本人シンドラーリスト」と呼ばれる故杉原千畝元在リトアニア日本総領事記念館を訪ねたとし、「戦犯国家の過去史にも直視できない安倍首相がドイツ政権のユダヤ人虐殺に対抗した日本人を賛えるのは二重的という指摘も出ている」と報じた。

    第2次世界大戦当時、ドイツ・ナチの迫害によって数多くのユダヤ人がポーランドからリトアニアに避難した。日本政府は十分な経済力を持っており、日本を経由地として第3国に離れる人々に限ってビザを発給することを指示した。だが、命が危うかったユダヤ人から目をそらせなかった杉原元総領事は当時、日本外務省の指示に従わず、1940年6月から8月の間にドイツ・ナチが占領したポーランドから脱出したユダヤ人6000人に日本行きのビザを提供した。

    韓国通信社「ニュース1」は安倍首相が「全世界で杉原氏の勇気ある人道的な行動は高く評価されている。同じ日本人として誇りに思う」と述べたことに対して、「杉原リストは国連教育科学文化機関(ユネスコ)に申請された一方、慰安婦関連資料のユネスコ登録は極度に警戒する姿の日本」としながら日本政府の二重的態度を批判した。

    日本は数千人のユダヤ人の命を救った外交官杉原千畝氏の関連資料を世界記録遺産の登録に申請したが、南京大虐殺、慰安婦資料などは世界記録遺産の登録に反対している。

    中央日報
    http://japanese.joins.com/article/527/237527.html?servcode=A00&sectcode=A10

    【【何故反応する?】安倍首相、杉原千畝記念館を訪ねて「誇りに思う」 → 韓国メディアが批判 】の続きを読む

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    1: 朝一から閉店までφ ★ 2018/01/14(日) 19:03:15.36 ID:CAP_USER9
    首相「日本人の誇り」
    杉原千畝の記念館視察
    2018/1/14 18:58
    8A8B1AB4-4602-4082-8919-A423D4A30D36

     【カウナス共同】安倍晋三首相は14日午前(日本時間14日午後)、リトアニアのカウナスを訪れ、第2次世界大戦中にナチス・ドイツから迫害を受けたユダヤ人難民を救った
    「命のビザ」で知られる外交官杉原千畝の記念館を視察した。終了後「杉原氏の勇気ある人道的な行動は世界中で高く評価されている。同じ日本人として誇りに思う」と同行記者団に語った。

     記念館は当時の在カウナス日本領事館の事務所部分を改装して一般公開されている。杉原がサインしたビザの写真が掲載されたパネルや複製された執務机などを見て回った。

    共同通信
    https://this.kiji.is/325212668292023393

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