かたすみ速報

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    タグ:世界文化遺産

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    1: 荒波φ ★ 2019/05/15(水) 16:19:32.87 ID:CAP_USER
    no title


    朝鮮時代の教育機関である書院9カ所をまとめた「韓国の書院」が国連教育科学文化機関(ユネスコ)世界文化遺産に登録されることが確実視されるという韓国メディアの報道が14日に登場すると、中国の民族主義を強調する環球時報がすぐに落ち着かない胸中を表出した。

    環球時報はこの日、「すでに(登録の)大きな方向が決定されただって? 韓国がまた世界遺産登録を申請!今度は中国と本当に大きな関係がある」というタイトルの記事を通じて「韓国の書院」世界遺産登録問題を詳細に報じた。

    14日、韓国文化財庁によると、世界文化遺産の登録を審査する世界遺産委員会諮問機構であるイコモス(ICOMOS、国際記念物遺跡会議)は韓国が世界遺産として申請した「韓国の書院」に対して登録を勧告した。

    イコモスは各国から登録申請を受けた遺産を調査して登録勧告、保留、返還、登録不可など4種類の勧告案のうち一つを選択した後、この結果を世界遺産センターと申請当事国に伝達している。

    したがってイコモスから登録勧告を受けた「韓国の書院」は、異変がない限り6月30日にアゼルバイジャンの首都バクーで開かれる第43回ユネスコ世界遺産委員会で登録されることが確実視されている。

    まさにこのような時点で、環球時報は韓国が2015年に書院を世界文化遺産に申請して翌年4月に自主的に撤回したことがあるとし、その理由は当時ユネスコが韓国の書院が中国および日本の書院と顕著に異なる点を十分指摘できなかったためだと報じた。

    また、韓国の書院周辺景観が文化財区域に含まれなかった点も当時問題と指摘されたと伝えた。しかし韓国がその後再び努力して、今年新たに申請をし、その成功の可能性は高まったと説明した。

    環球時報は「書院」は中国人にとって最も馴染み深いところだとし、書院が中国古代の独特の文化教育機構だったと主張した。

    歴史的に中国には岳麓書院、白鹿洞書院、嵩陽書院、応天書院など4大書院があり、岳麓書院が最も有名だったと伝えた。清朝末の曽国藩や左宗棠らはここで学び、岳麓書院は中国近代史の半分を占めるほど比重が大きかったということだ。

    環球時報は書院は唐代中葉から始まり、清末まで1000年余りの間続いて中国官吏を育成したところだと強調した。

    このような環球時報の報道は江陵(カンヌン)端午祭が2005年11月にユネスコ人類無形文化遺産になった時、中国で「韓国が中国の端午の節句を奪っていった」という反発が登場したように、中国世論を刺激するおそれもある。

    中国オンラインの一部では韓国がまた中国文化財を「略奪した(?)」という表現も登場し、10年余り前の韓中文化元祖論争が再演されるのではないか懸念されている。


    2019年05月15日15時19分  中央日報
    https://japanese.joins.com/article/392/253392.html?servcode=400&sectcode=400

    【【韓国】「韓国の書院」世界文化遺産申請に…中国の一部から「我々の文化財を略奪」】の続きを読む

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    1: 蚯蚓φ ★ 2019/03/11(月) 13:40:30.65 ID:CAP_USER
    no title


    [アンカー]ユネスコ世界文化遺産の宗廟の塀のあちこちに日本王の年号が彫られている事実がKBSの取材の結果、確認されました。日帝が残した跡なのに、文化財庁はこのような事実を把握しているにもかかわらず、今に至るまで何の措置もしていないと明らかになりました。ユ・ドンヨプ記者が取材しました。

    [レポート]宗廟、朝鮮歴代の王たちの神位を迎えたところです。世界最大規模の木造建物の正殿は王が直接法事を行った場所で宮廷よりさらに神聖な空間でした。宗廟に入る正門のすぐそば、塀の下に漢字で彫られた文章が見えます。

    「昭和8年3月改築」。

    日帝強制支配期の1933年3月に塀を修理したという意味で、「昭和」は日本語で当時のヒロヒト日王の年号です。同じ言葉を塀のあちこちに難なく探すことができます。この事実を確認して私たちの市民団体に知らせた人は最近、韓国を訪れた日本人でした。

    [ペク・スンホ/「私たちの文化息遣い」宮廷道案内:「私が直接探したのではなくて日本の方のお言葉を聞いて知ることになって、灯台下暗しが恥ずかしかったです。」]

    塀に沿って巡回道を回ってこの様な言葉がいくつあるのか調べました。宗廟巡回道2.5キロ区間を見て回わった結果、日本式年号が彫られた基壇石は目で確認されただけで合計9個でした。塀の下の部分が土で覆われたところが多く、実際にはさらに多いと推定されます。

    文化財庁は取材陣が確認した個数より少ない7個を把握していると明らかにしました。朝鮮を侮辱したり日帝を称賛する内容でなく、単純な修理記録なので後続措置をしなかったと釈明しました。しかし、宗廟はユネスコ世界文化遺産であり朝鮮王室を象徴する空間です。日帝残滓を何の措置もなく放っておくのは適切でないとの指摘が出ます。

    [ホン・スンミン明智(ミョンジ)大記録情報大学院教授:「宗廟の塀を日帝強制支配期に日本の人々がどんな意図で管理したかを知らせる、そのような情報を案内板を通してとか...」]

    塀の向こう側に宗廟正殿が見渡せるその場に日本王の年号を刻んだ石が置かれて86年目。文化財庁は、KBS取材以後、実態調査と案内文設置などを検討すると明らかにしました。

    KBSニュース、ユ・ドンヨプでした。

    KBSニュース(韓国語) 
    http://news.kbs.co.kr/news/view.do?ncd=4154811

    【【韓国】「世界文化遺産」宗廟の塀に刻まれた日王の年号…86年間放置】の続きを読む

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