かたすみ速報

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    タグ:帝国海軍

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    1: みんと ★ 2019/10/18(金) 21:37:34.44 ID:md1CZiuI9
    加賀

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    昨年10月に亡くなったマイクロソフト共同創業者の故ポール・アレン氏の調査チームは18日、太平洋戦争中に沈んだ旧日本海軍の航空母艦「加賀」を発見したことを明らかにした。

    調査チームは、「加賀」をアメリカ・北西ハワイ諸島の海洋保護区内で発見。水深約5400メートルの海底で直立した状態だという。「加賀」は沈没の際、魚雷や爆弾、艦載機などが次々と誘爆して大炎上したとされており、公開された動画では、ひどく破損した飛行甲板などを見て取ることができる。

    「加賀」は、戦艦から改装された多段式の飛行甲板を持つ航空母艦で1928年に竣工。太平洋戦争では、「赤城」とともに第一航空戦隊として真珠湾攻撃などに参加し、1942年6月5日にミッドウェー海戦で沈没した。艦名は、海上自衛隊のいずも型護衛艦「かが」として引き継がれている。

    ポール・アレン氏の調査チームは、これまでにも太平洋戦争で沈んだ艦船を相次いで発見。日本の艦船としては、戦艦「武蔵」「比叡」や重巡洋艦「摩耶」、戦艦「山城」「扶桑」とみられる残骸、駆逐艦「島風」などを発見している。

    BIGLOBEニュース 2019年10月18日 17時50分
    https://news.livedoor.com/article/detail/17253292/


    【【歴史】旧日本海軍の空母「加賀」を北西ハワイ諸島で発見、故ポール・アレン氏の調査チーム…ミッドウェー海戦で沈没 】の続きを読む

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    1: SQNY ★ 2019/07/03(水) 13:55:07.74 ID:CAP_USER
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    ・大日本帝国艦隊最大の船 巡洋艦「摩耶」の破片がフィリピン沖海底で発見【動画】

    動画:https://youtu.be/UBKh8vCjILo



    1944年、フィリピン沿岸のレイテ沖海戦で沈没した重巡洋艦 「摩耶」の破片が太平洋の海底で見つかった。米国人の調査隊が水中ドローンを使って作業を行う中で発見された。NHKが報じた。

    報道によると、重巡洋艦の船体が見つかったのはフィリピン、パラワン島から1850メートル沖合の海底。水中ドローンのとらえた映像には船の構造のみならず、装備機器に彫りこまれた文字も映し出された。

    「摩耶」は1944年10月、米国の潜水艦「デデス」の攻撃に遭い、4基の魚雷を受けて沈没した。船内にいた将校、海兵336人は全員死亡した。

    「摩耶」は高雄型重巡洋艦級で、重巡洋艦としては日本の最高峰を占め、当時の大日本帝国艦隊では最大の船舶だった。

    ・旧日本海軍の重巡洋艦「摩耶」発見 フィリピン沖の海底で
    https://www3.nhk.or.jp/news/html/20190702/k10011978501000.html?utm_int=news-new_contents_list-items_002

    2019年07月03日 03:05 スプートニク日本
    https://sptnkne.ws/mNYP

    【【フィリピン沖】大日本帝国艦隊最大の巡洋艦「摩耶」の破片がフィリピン沖海底で発見 】の続きを読む

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    【【日本海軍】重巡洋艦「古鷹」ソロモン諸島沖の海底で発見 太平洋戦争で沈没】の続きを読む

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    1: アルカリ性寝屋川市民 ★ 2018/06/17(日) 10:16:16.53 ID:CAP_USER9
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     終戦後の1946年に連合国軍総司令部(GHQ)が沈没させて処分した旧日本軍の潜水艦「呂500」など3隻が若狭湾の海底に眠っているとして、一般社団法人ラ・プロンジェ深海工学会(北九州市)は18日から、海底を調査する。

     同会によると、呂500は41年にドイツ海軍の潜水艦として建造され、旧日本軍に譲渡された。日本で量産が期待されたが、材料不足などで実現しなかった。防音装置や溶接など、高い建造技術を伝えるのに一役買い、旧日本軍の潜水艦の性能を向上させる契機となった。練習艦として海軍基地のあった京都府舞鶴市で終戦を迎え、46年に若狭湾に沈められた。

     調査団は18日朝、越前漁港を出発。21日までの予定で、水中音波探知機(ソナー)で場所を絞り込み、遠隔操作できる無人水中ロボットで存在を確認する。

     同会は2017年に長崎県五島列島沖で調査を行い、海底に沈んだ8隻を確認することに成功している。

    YOMIURIONLINE 2018年06月17日 09時52分
    http://www.yomiuri.co.jp/national/20180617-OYT1T50019.html

    【【潜水艦を探せ!】若狭湾に旧日本軍潜水艦など3隻、海底調査へ 】の続きを読む

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    1: 朝一から閉店までφ ★ 2018/05/29(火) 07:29:51.23 9
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    2018-05-29 07:12
     中国メディア・東方網は27日、「台湾には、日本人を神として祭っている廟がある」とする記事を掲載した。

     記事は、「中国では多くの人が仏を信じており、仏教が全国に広がっている。寺や廟も全国に分布しており、例えば河南省洛陽市の
    白馬寺や北京郊外の臥仏寺などには観音菩薩像が安置され、長い歴史によって天下に名を馳せるほどの深い文化的蓄積を持っている」と紹介した。

     そのうえで、「しかし、台湾にある廟には第2次世界大戦で戦死した日本空軍の兵士を祭った廟があるのだ。その名を鎮安堂飛虎将軍廟と言い、日本の軍人を神として崇めている数少ない廟なのである」とした。

     そして、台南にある飛虎将軍廟のいわれについて紹介。「祭られている日本兵は杉浦茂峰という名で、日米両軍の空中戦時に搭乗していた飛行機が撃墜され、
    墜落死したと言われている。墜落地点は廟がある台南市だ。話によれば、杉浦の戦闘機は尾翼に被弾して急激に高度を下げたが、
    村落に墜落して住民たちに重大な被害が出るのを防ぐために飛行機の向きを変えたが、その影響で脱出が遅れて廟がある地点で死んだというのだ」と説明している。

     さらに「戦争が終わってから数年後に、現地の多くの人が『白い服を着た人がいつも魚の養殖池付近をウロウロしている。
    はじめは泥棒かと思ったが、近づこうとすると人影が見えなくなってしまう』と口々に語るとともに、夢にさえも出てくるといったことが多く起きたという。
    やがてそれが戦死した杉浦の霊であると判断が下され、飛虎将軍廟が建てられた」と伝えた。

     記事は「この信ぴょう性については、われわれは知る由もない」と評している。1971年に廟が建立されてからすでに47年が経過した。
    現在では廟を守る人びとは台湾の日本統治時代を知らない世代だというが、日本が、台湾がということではなく、「住民の命を守るべく犠牲になった」
    という純粋な精神を語り継いでいきたいと考えているようだ。(編集担当:今関忠馬)(イメージ写真提供:123RF)

    サーチナ
    http://news.searchina.net/id/1660173?page=1

    【なぜ!? 台湾には、今なお日本の軍人を神として祭っている廟がある!=中国メディア 】の続きを読む

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    1: 孤高の旅人 ★ 2018/04/08(日) 12:20:08.30 ID:CAP_USER9
    大和
     
    呉市で「戦艦大和」戦没者追悼式が行われる 乗組員約3000人を慰霊

    呉市にある『戦艦大和』の慰霊碑の前できょう、73年前に戦死した乗組員の追悼式が行われました。
    呉市の『旧海軍墓地』には元乗組員や遺族などおよそ300人が参列し、式では元乗組員で戦艦大和会の廣一志会長が式辞を読み上げました。

    『大和』は73年前、アメリカ軍の攻撃を受けて鹿児島県沖で沈没し、乗組員およそ3千人が亡くなりました。
    【戦艦大和会 廣一志会長】「戦艦大和の悲劇を終生伝えてもらいたいと思います」

    乗組員の生存者は276人で、このうちの7人が今も存命だということです。
     
    4/07(土) 18:00 掲載 
    tss
    http://www.tss-tv.co.jp/tssnews/000001089.html 

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    1: ひろし ★ 2018/02/07(水) 23:58:05.87 ID:CAP_USER9
    2月7日 23時38分
    磯風

    太平洋戦争末期、戦艦「大和」とともに沖縄に向かいアメリカ軍の攻撃によって沈んだ旧日本海軍の駆逐艦「磯風」と見られる艦船が鹿児島県沖の海底で見つかっていたことがわかりました。専門家は、大和以外の艦船の調査は行われておらず、貴重な発見だと評価しています。

    駆逐艦「磯風」は昭和15年に就役して真珠湾攻撃やミッドウェー海戦などに参加しましたが、戦艦大和とともに特攻作戦で沖縄に向かっていた昭和20年4月7日、鹿児島県の枕崎沖でアメリカ軍の攻撃によって沈みました。

    大和について広島県呉市とともに潜水調査を行った大阪市の海洋調査会社によりますと、おととし5月の調査の中で、大和が沈んだ場所から北東に9.5キロ、深さおよそ450メートルの海底で、艦船1隻が沈んでいるのが見つかったということです。
    これについて専門家は、撮影された映像や戦闘の記録などから「磯風」の可能性が高いとしています。

    映像には4つの砲身をもつ魚雷発射管のほか、爆発でめくれ上がった艦尾や横倒しになった主砲も映し出されていて、当時の戦闘の激しさがうかがえます。

    旧日本海軍の歴史に詳しい広島県呉市の大和ミュージアムの戸高一成館長は、「記録に残る被害状況や沈没場所をつきあわせると磯風でほぼ間違いない。大和以外の艦船の調査は行われておらず貴重な発見だ」と話しています。

    NHK
    https://www3.nhk.or.jp/news/html/20180207/k10011319951000.html

    【戦艦「大和」とともに沈んだ駆逐艦「磯風」発見か 】の続きを読む

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