かたすみ速報

日本及び周辺諸国に関するニュースと2chまとめサイト。ネットの片隅で更新していきます。




    タグ:日本刀

      このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック
    1: LingLing ★ 2021/06/30(水) 08:34:20.31 ID:CAP_USER
    『鳴梁』のなかで李舜臣(イ・スンシン)将軍の剣が本物同じ理由?「高麗伝統技術の15年のノウハウ」
    ・映画・ドラマ300本以上の小道具製作
    ・伝統刀剣の技術、日本の匠人から伝授され

    映画『鳴梁』で使用された長剣。忠武公李舜臣将軍が使用した長剣をそのまま再現している。 写真=高麗伝統技術提供
    no title

    no title
    [トゥデーコリア=キム・ドンイル記者] 韓国の固有の文化映像コンテンツである「史劇」。OTT(Over the Top)産業が発達しながら、史劇はもはや我が国だけでなく、海外の視聴者も楽しめるコンテンツとして、その座をつかんだ。累積観客数1700万人を突破して、今なお国内映画観客数1位を守っている『鳴梁』、ネットフリックスで電波に乗って海外で爆発的な興行を記録したドラマ「ミスターサンシャイン」だけ見ても史劇の人気を実感することができる。

    こうした史劇人気の秘訣には、当然ながら興味津々な脚本と監督の精巧なディレクティング、俳優たちの熱演ぶりがあろう。しかし、目に留まらなくても作品の完成度を決定付ける点がまだある。時代をそのまま再現したかのような衣装や武器などの装備・小道具がそれだ。特に、ジャンルの特性上、戦闘シーンが多い史劇の場合、剣のような武器小道具のクオリティは、劇への没頭度に大きな影響を与える。

    ■映画『鳴梁』の李舜臣将軍の剣を伝統技術で再現する
    伝統刀剣製作会社「高麗伝統技術」は、15年間積み重ねてきた伝統刀剣復元ノウハウを基に、韓国内史劇制作に必要な三国および高麗、朝鮮時代の武器文化に関する考証資料を適用して、放送小道具を製作・供給している。

    高麗伝統技術は、現在まで約300本以上の映画およびドラマ放送小道具を製作した。映画『鳴梁』、『最終兵器弓』、『安市城』、『鳳梧洞戦闘』、『南漢山城』、ドラマ『ミスターサンシャイン』、『緑豆の花』など彼らの手に入った小道具は、スクリーン中で伝統刀剣として、生まれ変わった。

    高麗伝統技術が常に上手くいっていたわけではない。最近まで放送業界では、費用などの問題で低価格の中国産小道具を多く使っていたが、今年3月にSBSの『朝鮮駆魔師』が放送廃止されたことで、放送小道具の重要性を再認識した後、再び高麗伝統技術を求める制作会社が増えてきたという。伝統技術を保有して、確実な考証を通じて信頼できる小道具を製作するという理由からだ。

    高麗伝統技術の関係者は、「最新装備と施設を活用した生産工場を備えて、これを通じて高品質な小道具を大量生産して、放送各社の要求事項を満たせるような多様な製品製作に努めている」と話した。

    ■日本刀剣匠人から伝授された技術力
    ムン・ジュンギ高麗伝統技術代表は、刀剣製作の技術を学ぶために、2006年に日本に渡った。彼は日本で5年間、刀剣長である「マツバイチロ」から刀剣製作についての全般的な技法を伝授された。

    日本で学んだ刀剣製作技術を会社の刀剣生産に適用して、昔、我々の先祖から日本に渡った技術を復元した。現在もマツバイチロ匠人と交流しながら、伝統刀剣について共同研究している。

    また、技術を韓国内に再び伝授して、我が国固有の刀剣を製作できる基礎を築いている。会社が保有している伝統刀剣の技術力が知られて、伝統刀剣の製錬技術を学ぶために、韓国内の有名鍛冶屋の子弟及び技術者、刀マニアたちが会社を訪れて、現在彼らに技術を伝授している最中だ。

    ■伝統文化と先端技術で鍛えた「刀」
    高麗伝統技術は2016年、未来創造科学部(※かつて存在した韓国の国家行政機関、現在は「科学技術情報通信部」。)が発足した「伝統ルネサンス事業団」に属して、様々な研究課題を遂行した。

    伝統文化と現代先端技術の融合・複合を通じた技術革新および産業競争力を強化するため、産学研の技術協力促進および伝統文化産業の基盤構築などを支援する「伝統文化融合研究事業」に参加した。(つづく)

    トゥデイコリア(韓国語)
    http://www.todaykorea.co.kr/news/articleView.html?idxno=289535

    【【韓国伝統刀剣なんて無い】 映画『鳴梁』、李舜臣将軍の剣が本物みたいな理由は?昔、日本に渡った技術を復元。15年のノウハウ】の続きを読む

      このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック
    1: LingLing ★ 2021/06/21(月) 07:22:30.14 ID:CAP_USER
    ■「百済人霊魂こもったリミックス」ヤマハのストーリーテリング

    武士(※武士のこと、以下「武士」。)の刀に見立てたリミックスフォージドアイアン
    no title

    武士たちの殺生用刀の製作は、アイアン製作のアイディアとして活用されたという
    no title


    [ヘラルド経済スポーツチーム]ヤマハゴルフを輸入するヤマハが、人気ブランド「リミックス」と関連した興味深いストーリーテリングを出した。日本の匠人が丹精込めて作るブランドだが、刀を作る人の由来と結びつけた点は興味を引く。

    ヤマハ本社がある日本静岡県の浜松は、今は工業都市としてよく知られているが、地理的にかつて日本刀を製作した五大門派の中の一つで、日本初期の鉄製刀剣製作技術は百済から渡った刀鍛冶たちによって日本に伝わった。

    リミックス製作で、大和伝は最も長い歴史を持つ。仏教文化が繁栄した国の時代(710~794)から製作が始まった。一直線の形をした刀で、主に戦闘をする僧侶のために作られた。相州伝の剣は、戦国時代(1467~1615)を経て、多くの大名や侍が愛用した。伝説の名人、相州政宗が登場する時期でもある。彼の手がけた剣はすべて国の名品だった。

    五大門派のうち最も遅く現れた岐阜県の美濃伝は、室町時代(1336~1573)末期に大和(奈良県)から移住した刀鍛冶たちによって形成された。その中には百済から渡った実力が優れた刀工(刀を作る人)の子孫がいた。当時、最高の刀鍛冶と呼ばれた関野孫六に大きなインスピレーションを与えた刀剣製作の匠人でもあった。

    美濃伝では、戦闘用刀を大量に生産するシステムを備え、ここで作られた刀剣は中国の明国に輸出されたこともある。岐阜県は、1500年代の武士たちの主な活動舞台として、数多くの日本刀がここで誕生したわけだ。500年以上を超える(26代目)間、家柄で代々刀を作ってきたケースもある。

    日本では刀を作ることを、「神が降りた神聖な作業」と考える。石炭や薪がいたるところに置かれている作業場だが、注連縄を配置したり、ここで仕事する人たちは皆、真っ白な作業服を着ている。剣を作ることは神聖な仕事であるため、作業する間に浄潔な精神を保つためだ。

    日本の自尊心であり、心臓と呼ばれたほど象徴的だった。日本人は、このような美濃伝の名刀が、百済から渡ってきた刀鍛冶の後孫によって作られたということを隠したかった。月明かりひとつ差さない暗いある日、日本人刀工たちはその匠人を消すために集まった。

    匠人は、暗い作業場で最後の焼きなましをしていた。焼きなましは、刃が赤くなる様子を目で確認しながら作業するために、必ず暗い所でしなければならない。温度が800度を一気に超えると、刃に傷が残って剣を破棄しやすくなり、800度にならなければ、焼きなましがきちんと行われてない。温度計がなかったその時代、最上品の刀を作り出すために、800度を維持するということは、匠人の腕でなければ真似することすら難しい作業だった。

    汗を流しながら、焼きなましをしていた匠人の後ろに、血気盛んな日本人刀工数名がゆっくり近づき始めた。すると、火の中をのぞき込んでいたその匠人は急に身を起こした。まるで、自身の死を予見していたかのように、身なりを整えると、目を閉じた。刀工たちが、振り回した刀は彼の首を切り、匠人の白い服は赤く染まった。

    明くる日、この知らせを耳にした妻もまた静かに目を閉じた。頬の上に熱い涙が流れた。しばらくすると、彼女は懐の中の短剣(脇差)を取り出し、自決してしまった。この短剣は、彼女が二十歳になったばかりの頃、夫である刀工がプレゼントしたものだった。彼はなぜ、幼い妻に短剣をプレゼントしたのだろうか。もしかして、こんな時が来ることも予見していたのだろうか。

    (つづく)

    ヘラルド経済(韓国語)
    https://sports.news.naver.com/news.nhn?oid=016&aid=0001850343

    【【捏造大国】韓国エージェンシーのストーリーテリング…日本刀製作技術を伝えた「百済人の魂が入ったアイアン」】の続きを読む

      このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック
    1: LingLing ★ 2021/05/20(木) 21:35:48.15 ID:CAP_USER
    高麗伝統技術、歴史の中に埋もれた刀…伝統技術として取り出し…

    [トゥデイコリア=ソ・ヨンハ記者] 私たちが普通、伝統的な話をするとき「魂がこもっている」という言葉を使うことがある。色つやの良い陶磁器から味わい深く書かれた書芸、そしておいしく漬けたキムチまで…

    我々の祖先の持っていた技術が昔のままだとすれば、歴史にはなっても伝統には成り得ないのかもしれない。オンドル、陶磁器、食品などのように、私たち固有の文化と現代技術が出会い、私たちの生活の中で呼吸して初めて伝統と呼べるのではないだろうか?

    ・民族の魂、刀をご存じですか。
    今は伝統から忘れられて、歴史となってしまった私たちの技術の中に、刀がある。韓半島に立ち、私たちの生活の中で息づいた、それが私たちの魂が込められた刀だ。その刀を埋もれた歴史の中から伝統に取りだそうとする人がいる。「高麗伝統技術」のクォン・ホヨン所長だ。

    金属工学を専攻したクォン所長は、「刀こそ伝統製錬技術の産室であり、現代の私たちの生活と密接につながった魂が込められた技術だ」と話す。全世界的に刀を上手く作るという日本も、事実は三国時代の古代に我々が日本に伝来した技術だと見ることができる。特に、朝鮮の文官時代を経て、日帝強占期の時にあらかた供出されてしまい、やっとのことで命脈を維持した朝鮮の刀は一つも残っておらず、次第に忘れ去られていった。

    (※文中に出てくる韓国語「カル」は、全て「刀」と訳しますが、他にキッチン関連ネタでは「包丁」、「ナイフ」との意味も。)

    クォン所長は、「刀といえば、映画で見る武器ぐらいしか思い浮かばないだろうが、簡単にキッチンで見られるのが刀だ」とし、「現在、我が国で使われている刀はほとんどが外国産で、我々の技術はそれくらい遅れている」と吐露した。ムン・ジュンギ代表とともに高麗伝統技術を設立した趣旨も、刀を作る冶金技術、まさに伝統技術を取り戻し、我々の伝統文化を国内と世界に知らせ、国益に役立ちたいという情熱から始まった」と話した。

    「高麗刀剣(現・高麗伝統技術)のムン・ジュンギ代表自身が作った刀を持ってきて、日本に劣らない良い刀を作ってくれるように手伝って欲しいと言われ感動しました。」

    金属工学を専攻したクォン所長は、「自分の専門知識がよい刀を作って、伝統も見出すことができると思い、一緒に始めることになった」とし、「ちょうど未来部でも今後、話として重要に考え、伝統文化融合研究事業団が私たちの固有の伝統技術を現代先端技術と融合しようという趣旨で、支援も受けることができた」と話した。

    ・伝統技術と先端技術の融合というと分かり難く感じるが…
    クォン・ホヨン所長は、伝統技術と先端技術の融合という言葉が難しく感じられるという記者の質問にキムチを例に挙げた。「キムチは私たちの伝統技術の一つだ。キムチを漬ける技術も伝統だが、キムチを長く保管しながら食べられる甕は、その時代の優れた技術だ。この技術が先端技術と融合し、ディムチェという冷蔵庫を作り出したのだ」と話した。

    すなわち、伝統技術と先端技術が融合し、ディムチェという保管入れを作り、キムチが世界的に人気を集めることができたという意味だ。クォン所長は、「刀もキムチと変わらない」とし、「刀は三国時代から我々が持っている素晴らしい伝統技術だった」と強調する。

    ・聖徳(ソンドク)大王神鐘の「鐘楼」も伝統的な刀冶金技術…
    ・叩いて重ねて叩く多層構造…
    クォン所長は、「伝統的な鉄製錬技術の一つである叩いて重ねて、また叩き重ねる技術は、我が国の伝統技術の核心だ」と話す。「百済地域の武寧王陵で『環頭大刀』という刀が出てきたが、多層構造というものを見て驚いた経験があった」と振り返った。 現在、聖徳大王神鐘を吊るしている鐘楼も同様の技術だ。聖徳大王神鐘発見当時、鐘楼がなく浦項(ポハン)製鉄で10cmほどの厚さで鐘楼を作ったが、折れてしまった。現在、吊るされているのは、発掘の過程で出た我々の祖先が作った鐘楼だ。

    ドゥディコリア(韓国語)
    http://www.todaykorea.co.kr/news/articleView.html?idxno=287704
    no title

    =写真=クォン・ホヨン高麗伝統技術研究所長


    【【韓国企業】 高麗伝統技術、歴史の中に埋もれた刀…取り戻す。キッチン用、日本の刀剣製作技術をベンチマーキング】の続きを読む

      このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック
    1: 首都圏の虎 ★ 2021/05/02(日) 13:18:15.83 ID:CAP_USER
    nihonntou
    日本刀は日本の伝統文化を代表するものの1つだが、中国メディアの快資訊はこのほど、日本刀は唐の時代の刀の技術をこっそりと盗んで発展させたものだと主張する記事を掲載した。

     記事の中国人筆者によると、日本刀の技術は飛鳥時代に朝鮮半島で行われた「白村江の戦い」がきっかけで日本に伝わったと主張した。日本と百済の連合軍が唐と新羅の連合軍と戦ったこの戦争で日本側は敗北したが、この時唐の兵士が使用したのが「横刀」で、丈夫で切れ味のよい「横刀」が唐の勝利に大きく貢献したと伝えた。

     この「横刀」は、南北朝時代の「宿鉄刀」の改良版だと記事は紹介した。当時としては最先端の鍛造技術を使用しており、その作刀工程は複雑で特殊な熱処理を施していたため、コストが高く製作に時間もかかったという。しかし、その品質は極めて高かったそうだ。
     
     記事は、日本刀はこの「横刀」の弟子のようなものだと主張した。「白村江の戦い」で敗れた日本は、「唐の作刀技術を学び、日本刀を作り出した」と主張している。しかし、日本は「横刀の真髄を学ぶことはなく、簡素化した作刀方法に変えたので、日本刀はもろくて横刀ほど使い勝手が良くはなく、切れ味も横刀には及ばなかった」と主張した。

     それで記事は、当時の「横刀」は世界一のレベルで「冷兵器の覇者だった」ものの、その後に銃や大砲が出てきたため廃れてしまい、その作刀技術は失われてしまったと残念そうに伝えた。日本刀は独自の鍛冶方法で作られており、中国刀とは全くの別の発展を遂げている。中国としては、日本刀が現代にも伝わり、世界的にも美術品としての価値が認められていることに対するひがみがあるのかもしれない。(編集担当:村山健二)(イメージ写真提供:123RF)

    サーチナ
    http://news.searchina.net/id/1698857?page=1

    【【大朝鮮】美術品としても名高い日本刀、「唐の技術を学んだに違いない」=中国】の続きを読む

      このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック
    1: 首都圏の虎 ★ 2020/11/24(火) 20:19:52.21 ID:CAP_USER
    nihontou

    悠久の歴史と文化を持つ中国だが、その伝統文化は現代にあまり受け継がれていない。一方、中国から日本に伝わった文化が、いまでも日本で大切に保存されている。中国メディアのテンセントが「中国文化はほとんど保存されておらず、日本にしかない! 真剣に反省せよ」との記事を掲載し、中国はこれまで伝統文化をあまりにも軽んじてきたと論じている。

     まず、記事は中国の唐時代を扱った時代劇「長安二十四時」に言及、そのドラマの時代衣装の出来栄えが良かった理由を指摘している。実はこのドラマの衣装デザインは、日本の衣装デザイナーの黒澤和子氏(映画監督・黒澤明の長女)が担当している。「なぜ、中国の時代衣装のデザインを日本のデザイナーに依頼しなければならなかったのか。それは、中国が日本ほど伝統文化を大切にしてこなかったからだ。実際、日本の大河ドラマなどは時代考証がなされ、当時の衣装が再現されている。つまり、日本には今でも伝統文化が残されているのだ」と分析している。

     さらに、茶道、日本刀など、もともとは中国から日本に伝わったものが、いまでも大切にされている、と指摘している。特に、日本刀の鍛造技術は、いまも和包丁に受け継がれ、現在でも高級品として扱われている。

     記事は、中国で伝統文化が保存されてこなかった理由として、中国の急激な社会変革を挙げている。一方、日本でも「明治維新」などで、大きな社会の変革は起こってきた。しかし、「当時の日本政府は意識が高く、日本がすべて欧米化されてしまえば、日本独自の文化が失われてしまうとの危機感も持っていた」と分析。実際、19世紀後半から「国宝」「重要文化財」を認定し、保存しようとする動きが起こり、今に至っている。

     記事は「こうした国による文化財の保存運動がなければ、伝統的でコストに見合わない技術が今でも大切に保存されることはないだろう」と分析している。「自国の文化を大切に保存しようとしてきた日本政府は見識がある。我々はこうした態度から真剣に学ぶ必要がある」と締めくくっている。(編集:時田瑞樹)(イメージ写真提供:123RF)

    サーチナ
    http://news.searchina.net/id/1694650?page=1


    【日本を見て反省せよ!古代中国の文化は日本にしか残っていない 茶道、日本刀など、もともとは中国から日本に伝わった】の続きを読む

    このページのトップヘ

    無料レンタル