かたすみ速報

日本及び周辺諸国に関するニュースと2chまとめサイト。ネットの片隅で更新していきます。




    タグ:炭鉱

      このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック
    1: ハニィみるく(17歳) ★ 2022/02/13(日) 09:05:10.62 ID:CAP_USER
    (動画=YouTube)
    https://youtu.be/S6nXcn2Z47Y

    _______________________________________________________

    <アンカー>
    80年前、日本の海底炭鉱で強制労働をしていた136人の朝鮮人が、水没事故で亡くなりました。

    現地では今日(12日)、これらの鎮魂をする行事が行われました。

    軍艦島と佐渡鉱山での歴史を消そうと試みる日本政府。だがしかし、このような朝鮮人強制労働の現場は日本の各所に存在しています。

    パク・ウォンギ特派員の報道です。
    .......................................................................................

    <レポート>

    海に向け、100本以上のろうそくが置かれました。

    市民たちは、切ない思いを込めて花を海に送ります。

    80年前、海底炭鉱で労役中に水没事故で亡くなった180人余りの魂を慰めるためです。

    このうち136人は、強制徴用などで送還された朝鮮人でした。

    <イノウエ(元朝鮮人の便紙(手紙)朗読=市民団体代表)>
    「海の下に坑道が通っていて、海の上を通る漁船のトントンという音も聞こえてくるほどの、とても危険な場所です」

    沖合には、海底炭鉱の排水・排気口として使用されたコンクリートの円柱2本だけが、この場所が悲劇の現場であることを黙々と伝えています。

    炭鉱の近くに行ってみました。

    朝鮮人労働者が収容されていた合宿所がありました。

    管理や保存の手がなくなって凶物になってから久しいです。

    <ソ・ヂョンギル(80歳=現地居住の僑胞)>
    「(以前、入った時)壁に “オモニ(母さん)に会いたい” 、 “お腹が空いた” と(朝鮮人労働者によって)ハングルで書かれていました」

    過酷な労働と疾病で多くの労働者が亡くなっていた当時、すぐその脇に火葬場があったというのが現地の証言です。

    <ソ・ヂョンギル>
    「火葬場?ここ、ここ、ここ」

    さらに回ってみると、底炭鉱から掘り出した石炭を運ぶ施設の跡、そして炭鉱の入口であると推定される場所もあります。

    それでも記憶を保存できたのは、現地市民の努力のあかげでした。

    日本全国の募金によって設けられた追悼広場には、事故から80年を迎えて遺骨の収拾と真相究明を求める100人以上が集まりました。

    歴史を消そうと試みる日本政府とは異なり、追悼費には『強制連行・韓国・朝鮮人』という文字が鮮明です。

    <シナガワ・ユリア(17歳)>
    「被害者の人たちを忘れないためにも、私はこの事件が深く、広く伝わってほしいと思っています」

    歴史において光と影を謙虚に受け入れるべきだということを、日本政府よりもこれらが先に示しています。

    山口県 宇部市からKBSニュース、パク・ウォンギでした。

    KBS(韓国語)
    https://news.kbs.co.kr/news/view.do?ncd=5393650&

    【【募集工です】韓国KBS:136人の朝鮮人が水没した海底炭鉱・・・追悼碑には『強制連行』が鮮明に】の続きを読む

      このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック
    1: ■忍【LV31,ほうおう,9C】第13艦隊◆IpxlQ2BXrcdb 21/10/23(土)14:07:53 ID:???
    kp250

    韓国で最もよく知られている北朝鮮の村の名前と言えば、阿吾地(アオジ)だろう。今では咸鏡北道(ハムギョンブクト)慶興(キョンフン)郡の中の、龍淵(リョンヨン)労働者区、鶴松(ハクソン)労働者区という地名に変わっているが、そこにある6.13炭鉱と梧鳳(オボン)炭鉱は、韓国で阿吾地炭鉱と呼ばれ、政治犯収容所の代名詞となっている。

    実のところこの炭鉱、正式な収容所ではないのだが、実質的にはフェンスのない収容所と言っても過言ではない。
    朝鮮戦争時に韓国軍として参戦して北朝鮮の捕虜となった「国軍捕虜」が多数送り込まれ、強制労働に苦しめられてきたのだ。

    今まで脱北に成功した国軍捕虜は80人いる。彼らとその家族の証言で、阿吾地で何が起きていたのか、徐々に明らかになりつつある。韓国紙・東亜日報記者で、脱北者出身のチュ・ソンハ氏が、脱出に成功した国軍捕虜や地域出身の脱北者の証言を元に、炭鉱で何が起きていたかを伝えている。

    祖父が日本の明治大学出身で、曽祖父が地主で、朝鮮戦争前に処刑された「反動分子」の家の出で、阿吾地出身の脱北者のチェ・グミョン氏がチュ氏のインタビューに答えた内容によると、炭鉱周辺の村には、国軍捕虜の中でも特に北朝鮮当局に反抗的だった人たちや、その他の「反動分子」が住まわされていた。他地域への移動に必要な旅行証(国内用パスポート)も発行されず、村に閉じ込められた状態で、炭鉱でのきつい労働を強いられていたという。

    「万民が平等」であることになっている北朝鮮だが、実際は世界で最も過酷な身分制度が存在し、国軍捕虜などの反動分子 はその最下層に置かれ、虐げられ続けているのだ。

    その炭鉱で1992年(あるいは1993年)に、大規模な爆発事故が起きた。もともとメタンガスが多く発生し、爆発事故が頻繁に起きるところだが、その年に起きた爆発では坑道が崩壊し、200人を超える労働者が閉じ込められた。
    しかし当局は、その多くが国軍捕虜やその子孫であることから、救出作業を行わず、見殺しにしたというのだ。根絶やしにされるべき反動分子を、事実上「抹殺」したのだ。

    (略)

    ニフティニュース 2021年10月23日 08時20分 デイリーNKジャパン
    https://news.nifty.com/article/world/korea/12240-1299335/


    【【北朝鮮】韓国軍捕虜と家族ら200人を「生き埋め」抹殺】の続きを読む

    このページのトップヘ

    無料レンタル