1: みの ★ 2022/03/27(日) 15:55:48.25 ID:B6aYImNm9
gamou
 滋賀県日野町の日野川ダム付近に、戦国武将・蒲生 氏郷 (1556~95年)の居城、中野城(日野城)はあった。昭和時代のダム建設などで遺構の多くは失われたが、今も堀や土塁の一部が残る。訪れた人を出迎える鳥居や石積みは、廃城後に造られたものだという。

 氏郷は織田信長をも魅了した知将で、信長は娘を氏郷の元に嫁がせた。豊臣秀吉は氏郷に要所を任せつつも、その才覚を警戒していたようだ。茶道やキリスト教などにも精通した知識人でもあった。

 中野城は氏郷の祖父、定秀が1530年代に築いたと伝承される城館で、1596~1615年の間に廃城となったとされる。本丸は約100メートル四方の広さで、周囲(東西約800メートル、南北約600メートル)を土塁や堀で囲っていたという。城下町の特産の一つが日野鉄砲。氏郷の尽力で有数の鉄砲鍛冶集団「国友衆」を生んだ長浜市に並ぶ生産拠点となったと伝わる。

 本能寺の変を受け、信長の妻子はこの城に身を寄せた。功を立てた氏郷は、伊勢松ヶ島(三重県)、会津(福島県)へと国替えし、短期間で約6万石から約92万石の大名に上り詰めたが、40歳で亡くなっている。

(略)

読売新聞 2022年3月26日 18時52分
https://www.yomiuri.co.jp/culture/20220324-OYT1T50144/


【【読売】信長を魅了した戦国武将・蒲生氏郷 秀吉は要所を任せつつ才覚を警戒 滋賀県日野町で町おこし】の続きを読む