かたすみ速報

日本及び周辺諸国に関するニュースと2chまとめサイト。ネットの片隅で更新していきます。




    タグ:起源主張

      このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック
    1: 影のたけし軍団ρ ★ 2021/08/27(金) 17:22:42.39 ID:CAP_USER
     no title
    <中国と韓国の間で食品等の文化起源を巡る対立が続いている>


    韓国の大手食品メーカーが欧州に向けて輸出したインスタントラーメンなどから発がん性物資の代謝産物が検出された。
    欧州連合(EU)当局が各国に当該商品の回収を通知すると、中国メディアが大々的に報道した。

    新型コロナウイルス感染症の影響で世界的に「巣ごもり」生活者が増え、インスタント食品の消費が拡大するなか、 中国メディアは韓国メーカーの失速が、中国メーカーの好機になると報じたが、中国と韓国の間で食品等の文化起源を巡る対立が続いている。

    2021年8月6日、EUの食品飼料緊急警報(RASFF)システムが、韓国の食品メーカー、農心の「海鮮タンメン」と八道の「ラポッキ」から 基準値を上回る2-クロロエタノール(2-CE)が検出されたと発表し、欧州各国に商品の回収とリコールの実施を促す通知を行った。
    2-CEは発がん性物質に指定されているエチレンオキサイドの代謝産物で、2-CE自体は発がん性物質に分類されていない。

    韓国食品医薬品安全庁が製造工場の調査を行い、国内用と輸出用の「海鮮タンメン」の原料と輸出用「ラポッキ」の粉末スープから2-CEが検出されたが、 摂取しても健康に害を与える量ではないと発表した。農心も国内向けと輸出向けは生産ラインが異なるため国内向けは問題ないと述べたが、 同じ工場で生産している以上、安全とは言いきれないと不安視する声が韓国内で上がっている。

    RASFFの措置を受け、昨年、キムチ論争の端緒を開いた環球時報が反応した。
    中国国営メディアの環球時報が英語版のグローバルタイムスに「農心の欧州市場の打撃で中国ラーメンが機会をうかがっている」と題する記事を掲載し、 中国メーカーの好機と報じたのだ。中国新聞坊も「韓国ラーメン会社が発がん物質基準値の最大148倍を超える事故を起こした」と題した記事で詳細に報道した。

    2020年、中国と韓国のキムチの起源をめぐる論争が勃発した。同年11月、中国四川省眉山市の「泡菜(パオツァイ)」が国際標準化機構(ISO)の認証を受けると、 環球時報が「キムチ(泡菜)宗主国、韓国の恥辱」と報じたのだ。「泡菜」は野菜を塩漬けにした発酵食品で、キムチは中国では「朝鮮泡菜」「韓国泡菜」と呼ばれている。

    中国と韓国のメディアが論争を繰り広げ、中韓双方の人気ユーチューバーや駐韓米国大使、国連駐在中国大使が論争に加わった。
    また中国共産党の中央政治法律委員会が「韓国の『キムチ論争』は文化的な自信が乏しい韓国の被害妄想」と述べるなど両国の軋轢が高まった。

    論争が続いていた21年3月、韓国ドラマに「中国産ビビンバ」が登場。
    中国メーカーの番組内広告だったが、「中国がビビンバの起源まで主張している」という声まで出たほどだ。

    中国と韓国の文化起源を巡る対立はキムチがはじめてではない。2005年11月、韓国が江原道の「江陵端午祭」をユネスコの人類無形遺産に登録すると、 中国は「端午の節句は中国が元祖で、端午祭も中国が起源」だとして反発した。

    同年、中国で放送された韓国ドラマ「大長今(日本名・チャングムの誓い)」も論争を引き起こした。
    主人公の「チャングム」などが施す鍼治療が韓国発祥と思わせる描写になっているという批判が中国内で提起されたのだ。

    韓国の東洋医学界が、韓方医学や鍼治療は、百済や高句麗ですでに定着していた独自の技術と主張する一方、 中国は魏晋南北朝時代に中国から朝鮮半島に伝わった漢方医学と主張する。

    また、中国のインターネットで、韓国の三育物産が「チャングム」を広告に使用して「豆乳の元祖は韓国」と表記した商品を日本などに輸出しているという批判が起き、 上海の新民晩報なども豆乳の起源は中国だと主張した。

    2011年5月、中国文化部が朝鮮半島の民謡「アリラン」を国家級非物質文化遺産に登録し、
    また、中国の少数民族である朝鮮族のアリランを世界文化遺産に登録すると明らかにした。

    韓国政府は北朝鮮と共同で「アリラン」を世界文化遺産に登録する準備を進めていたが、急遽、単独で登録を申請した。

    2014年3月、韓国国土交通部が韓国の床暖房「オンドル」を世界無形遺産に登録する考えを示すと、中国が「オンドルは中国北方の農村で使用した火炕と同じ」だと反発した。

    https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2021/08/post-96995.php

    【【中国と韓国】キムチ、端午の節句、鍼治療、オンドル・・・文化起源を巡る対立が激化】の続きを読む

      このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック
    1: LingLing ★ 2021/08/15(日) 23:45:05.91 ID:CAP_USER
    [フード]「釜で沸かした私たちの麦茶、世界が楽しむ日、必ず来ます」
    「飲料ミダスの手」チョ・ウンホ ハイト真露飲料代表インタビュー
    ・21年前に「ハヌルボリ(空麦)」を発売して、「朝の光」、「草緑の梅」をヒットさせて
    ・就任後初の作品である「ブラックボリ(黒麦)」、韓国麦茶市場で40%を占有
    ・「砂糖不使用・ノンカフェイン飲料が主流、海外でも麦茶の展望は明るい」

    「麦茶は私たちが宗主国です。数千年の間、釜で麦飯を炊いて焦げ飯をさらに沸かしてきたスンニュンの文化を、上手く生かして、世界的な穀物茶を作らなければなりません」

    家庭で飲料水の代わりに作って飲んでいた麦茶を製品化したハイト真露飲料の「ウリチッボリチャ(我が家の麦茶)」が、イーマートトレーダーズで販売を始めてから、約1カ月だけで累積販売量1万9000セット(1.5リットル6個入り)を突破する人気だ。ハイト真露飲料は、「『ウリチッボリチャ(我が家の麦茶)』の売れ行きは、コロナ19によって飲食品市場でも生活必需品中心の消費傾向がさらに高まっている中、家で飲料水代わりに淹れて飲んだ麦茶を、冷蔵庫からすぐに取り出して飲めるように製品化したのが、奏功した」と分析している。もう一つの成功の秘訣としては、かつてウンジン食品に在籍していた当時、「カウルデチュ(秋ナツメ)」、「アチムヘッサル(朝の光)」、「チョロクメシル(草緑梅)」、「ハヌルボリ(空麦)」、「チャヨンヌン」など、私たちの素材で作られた飲料ヒット作を次々と誕生させて、「飲料業界のミダスの手」と呼ばれるチョ・ウンホハイト真露飲料代表理事が挙げられる。

    チョ代表がハイト真露飲料の代表理事就任後、初の作品として2017年12月に発売した「ブラックボリ(黒麦)」は、発売初年度に150億ウォンの売上を出して、累積販売1億7000万本(340ml基準)を突破して、飲料業界で名実共にヒット商品としての地位を固めた。「ウリチッボリチャ(我が家の麦茶)」は、「ブラックボリ(黒麦)」の拡張製品で、家庭向け飲料市場を攻略するために作られた。「ブラックボリ(黒麦)」は、売上げの成果を追い風に、国内麦茶市場でもシェア40%を確保して、穀茶市場全体の成長を牽引した。 実際、茶飲料の全体カテゴリーで、トウモロコシひげ茶、ホッケ茶に次いで3位だった麦茶は、「ブラックボリ(黒麦)」の発売以後躍進が著しく、昨年、茶飲料カテゴリーで歴代初めて1位を獲得した。

    チョ代表にとって麦飲料は挑戦であり夢だ。21年前に「ハヌルボリ」を発売した当時、「誰が麦茶を買って飲むのか」と反対に突きあたった。当時、ミネラルウォーター市場も活性化しなかった状況で、麦茶市場は挑戦だった。チョ代表は、「ティーバッグで麦茶を入れて飲む家庭10軒のうち、1軒だけが買って飲んでも成功」と周囲を説得した。その結果、「ハヌルボリ」の発売は成功に繋がって、「ブラックボリ(黒麦)」の発売開始前まで、市場トップを保っている。

    21年前、「ハヌルボリ」を発売して、韓国穀茶を成功に導いた彼だが、その後を継ぐ製品が出ないのが、大きな悩みだった。彼の悩みは、「ブラックボリ(黒麦)」の発売と共に一気に解決された。農村振興庁で2012年、世界で初めて「黒麦」の育種に成功したことを知った彼は、これを活用した。黒麦は一般の麦よりも老化防止効果があるアントシアニンを4倍以上含有して、食物繊維が1.5倍多いという。黒い飲み物は成功しにくいという属性にも真っ向から反駁して、彼は製品発売のために努力した。 コーヒー、コーラなど、黒い色の飲み物でも十分に人気を集めることができると確信したからだ。彼の予想は的中して、麦茶の市場シェアは40%まで占めた。

    カン・ミンホ

    毎日経済(韓国語)
    https://news.naver.com/main/read.naver?mode=LSD&mid=sec&sid1=101&oid=009&aid=0004837234
    no title



    【【バ韓国企業】「麦茶は私たちが宗主国です…世界的な穀物茶、作らなければ」 ハイト真露飲料チョ・ウンホ代表】の続きを読む

      このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック
    1: きつねうどん ★ 2021/06/05(土) 18:34:13.09 ID:CAP_USER
    朝食時にテレビのニュースを見ていたら、番組の新コーナーで「世界が見る大韓民国」というのをやっていた。海外で韓国がどのように見られているか、現地在住の韓国人にあれこれ映像紹介させる番組だ。1日放送がドイツでの「キムパプ(のり巻き)」の話だった。

    のり巻きは日本起源で韓国ではキムパプとして定着し、今や「キムパプ天国」という専門チェーン店があるほど国民食になっている。ところがテレビはドイツでそれが「SUSHI」メニューとして日本食になっていると批判し不満を語っているのだ。

    映像では韓国系とみられる店の看板の片隅に小さくハングルでキムパプと書かれていたが、大きな文字で「SUSHI」とある。そしてすし店のメニューにはのり巻きの写真がずらり並んでいる。テレビは、すし店でのり巻きを食わせるのがケシカランといわんばかりで、韓国人の識者を登場させ、「キムパプはわが国固有の伝統食」とまでいわせていた。

    日本でのり巻きはもともと「巻きずし」ともいってすしだったが、韓国のキムパプはお酢抜きでのりにごま油を塗るなど韓国化している。そのうち外国のすし店前で「わが国固有」と思い込んだ韓国人留学生がプラカードを掲げ愛国デモをしそうだ。(黒田勝弘)

    産経新聞
    https://www.sankei.com/article/20210605-RU52DLUXJZMWDAM5CGRI5L3AW4/

    【ソウルからヨボセヨ のり巻きも韓国伝統食?】の続きを読む

      このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック
    1: LingLing ★ 2021/05/20(木) 21:35:48.15 ID:CAP_USER
    高麗伝統技術、歴史の中に埋もれた刀…伝統技術として取り出し…

    [トゥデイコリア=ソ・ヨンハ記者] 私たちが普通、伝統的な話をするとき「魂がこもっている」という言葉を使うことがある。色つやの良い陶磁器から味わい深く書かれた書芸、そしておいしく漬けたキムチまで…

    我々の祖先の持っていた技術が昔のままだとすれば、歴史にはなっても伝統には成り得ないのかもしれない。オンドル、陶磁器、食品などのように、私たち固有の文化と現代技術が出会い、私たちの生活の中で呼吸して初めて伝統と呼べるのではないだろうか?

    ・民族の魂、刀をご存じですか。
    今は伝統から忘れられて、歴史となってしまった私たちの技術の中に、刀がある。韓半島に立ち、私たちの生活の中で息づいた、それが私たちの魂が込められた刀だ。その刀を埋もれた歴史の中から伝統に取りだそうとする人がいる。「高麗伝統技術」のクォン・ホヨン所長だ。

    金属工学を専攻したクォン所長は、「刀こそ伝統製錬技術の産室であり、現代の私たちの生活と密接につながった魂が込められた技術だ」と話す。全世界的に刀を上手く作るという日本も、事実は三国時代の古代に我々が日本に伝来した技術だと見ることができる。特に、朝鮮の文官時代を経て、日帝強占期の時にあらかた供出されてしまい、やっとのことで命脈を維持した朝鮮の刀は一つも残っておらず、次第に忘れ去られていった。

    (※文中に出てくる韓国語「カル」は、全て「刀」と訳しますが、他にキッチン関連ネタでは「包丁」、「ナイフ」との意味も。)

    クォン所長は、「刀といえば、映画で見る武器ぐらいしか思い浮かばないだろうが、簡単にキッチンで見られるのが刀だ」とし、「現在、我が国で使われている刀はほとんどが外国産で、我々の技術はそれくらい遅れている」と吐露した。ムン・ジュンギ代表とともに高麗伝統技術を設立した趣旨も、刀を作る冶金技術、まさに伝統技術を取り戻し、我々の伝統文化を国内と世界に知らせ、国益に役立ちたいという情熱から始まった」と話した。

    「高麗刀剣(現・高麗伝統技術)のムン・ジュンギ代表自身が作った刀を持ってきて、日本に劣らない良い刀を作ってくれるように手伝って欲しいと言われ感動しました。」

    金属工学を専攻したクォン所長は、「自分の専門知識がよい刀を作って、伝統も見出すことができると思い、一緒に始めることになった」とし、「ちょうど未来部でも今後、話として重要に考え、伝統文化融合研究事業団が私たちの固有の伝統技術を現代先端技術と融合しようという趣旨で、支援も受けることができた」と話した。

    ・伝統技術と先端技術の融合というと分かり難く感じるが…
    クォン・ホヨン所長は、伝統技術と先端技術の融合という言葉が難しく感じられるという記者の質問にキムチを例に挙げた。「キムチは私たちの伝統技術の一つだ。キムチを漬ける技術も伝統だが、キムチを長く保管しながら食べられる甕は、その時代の優れた技術だ。この技術が先端技術と融合し、ディムチェという冷蔵庫を作り出したのだ」と話した。

    すなわち、伝統技術と先端技術が融合し、ディムチェという保管入れを作り、キムチが世界的に人気を集めることができたという意味だ。クォン所長は、「刀もキムチと変わらない」とし、「刀は三国時代から我々が持っている素晴らしい伝統技術だった」と強調する。

    ・聖徳(ソンドク)大王神鐘の「鐘楼」も伝統的な刀冶金技術…
    ・叩いて重ねて叩く多層構造…
    クォン所長は、「伝統的な鉄製錬技術の一つである叩いて重ねて、また叩き重ねる技術は、我が国の伝統技術の核心だ」と話す。「百済地域の武寧王陵で『環頭大刀』という刀が出てきたが、多層構造というものを見て驚いた経験があった」と振り返った。 現在、聖徳大王神鐘を吊るしている鐘楼も同様の技術だ。聖徳大王神鐘発見当時、鐘楼がなく浦項(ポハン)製鉄で10cmほどの厚さで鐘楼を作ったが、折れてしまった。現在、吊るされているのは、発掘の過程で出た我々の祖先が作った鐘楼だ。

    ドゥディコリア(韓国語)
    http://www.todaykorea.co.kr/news/articleView.html?idxno=287704
    no title

    =写真=クォン・ホヨン高麗伝統技術研究所長


    【【韓国企業】 高麗伝統技術、歴史の中に埋もれた刀…取り戻す。キッチン用、日本の刀剣製作技術をベンチマーキング】の続きを読む

      このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック
    1: LingLing ★ 2021/05/12(水) 20:13:34.53 ID:CAP_USER
    「材料次第で無限に変身…キンパ(※海苔・飯、海苔巻きのこと)、世界化最も適した韓食」2021-05-10 00:00
    キム・ラクフンキンパ料理の専門家が作った多彩な形のキャラクターキンパ
    no title

    no title


    -キム・ラクフン キンパ料理の専門家
    -チュイナムル・テゲ(ズワイガニ)などの特産物を活用した農業と組み合わせた料理法の開発
    -米国の外食業者と手を組み、多種多様なメニューを発表する計画も

    「海苔にご飯とたくあん、カニカマボコを入れて安いものだけをキンパと考えないでください。ドイツの食べ物を入れるとドイツキンパ、アメリカの食べ物を入れるとアメリカキンパになります」。

    平凡そうなキンパで世界中の人々の味覚を魅了する人がいる。別名「ロックシェフ」と呼ばれるキム・ラクフンキンパ専門家(50)がその主人公だ。彼の履歴は、キンパの具材のように多彩だ。キムさんは元々、大学で半導体を専攻した工学徒だった。1990年代半ば、半導体分野の人材が貴重な時だったので、その気になれば後になっても就職できるという考えがふと彼の頭に浮かんだ。4年1学期を終えたキムさんは、学校に休学届を出して、忽然と世界旅行に出た。

    「いろんな国を旅しながら、たびたび和食店に立ち寄ったのですが、「キンパは元々、日本食」と言う人が多かったんです。ところで、我が国のキンパは形が似ているだけで、日本の「マキ」とは全く別の食べ物なんですよ。歴史ももっと古いですし。それで、負けん気が出てきました。いつかは、韓国が元祖であるキンパで世界をあっと驚かせてあげないと。」

    彼は大学で学業を終えた後、マーケティングデザイン分野で職場生活をフルに経験した。しかし、「キンパのこと」が頭の中から離れなかった。結局、御両親と妻の反対を押し切って日本に渡り、ある寿司学校に入学した。卒業後、国内大学で韓食を勉強して、教授職まで担って基本技術をしっかり固めていった。2014年には、ルクセンブルク世界料理ワールド杯の団体戦・個人戦で銅メダルを獲得し、キンパを含む韓食の優秀性を広く知らせた。

    彼はキンパの「非定型性」に注目した。料理法が特に定まっておらず、材料に応じてカメレオンのように味と色味を自由自在に変化させることができるからだ。だから、キンパの材料になりそうな国内農畜水産物に興味を持ち始めて、暇さえあれば農山漁村に駆けつけた。農漁民から各生産物の特性とそれに合う食べ物を学ぶ一方で、地域特産物で作られたキンパの料理法を農家に伝授した。

    こうして、現場で習得した知識は「創造の源泉」になった。「高城チュイナムルキンパ」、「釜山チョギオムクキンパ」、「河東茶葉キンパ」、「盈徳パクダルテゲキンパ」など、地域特産物を入れた多様なキンパを開発した。また花柄、人の顔、動物・昆虫の姿をしたキャラクターキンパも披露した。特に、パンダの姿を形象化したキンパは中国で人気を集めた。

    『キンパは韓食の中でも世界化に適した食べ物です。キンパほど足早に地域化で成功できる食べ物も珍しいです。たとえば中国に行けばキンパと臭豆腐が出会えるでしょう。フランスではフォアグラが材料になることがあります。外国人はキンパの個性的な味や形、色に熱狂します。」

    彼の未来もやはりキムパ抜きには語れない。彼の手で作られた色々なキンパが外国人の食卓に上る日が遠くない。

    「アメリカ中にビビンバ店舗を保有する外食業者と協力して、キンパメニューを発売する計画です。マカオ・香港など外国ホテルの要請で高級キンパも時間があれば開発しています。国内ではキンパと農業の融合に関心を持っています。地域農特産物でキンパを作るとしたら、農産物の生産・流通からファームパーティーのような農村観光まで、その活用範囲が非常に広いんです。農業の6次産業化のためならどこにだって駆けつけて、キンパを作る才能で貢献します」

    イ・ムンス記者、写真=キムビョンジン記者

    農民新聞(韓国語)
    https://www.nongmin.com/nature/NAT/FOD/337858/view

    【【嘘つき韓国】 キンパ、具材で無限に変身…世界化に最も適した食べ物。日本の「マキ」とは全く別物、歴史ももっと古い】の続きを読む

      このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック
    1: LingLing ★ 2021/05/11(火) 19:49:26.37 ID:CAP_USER
    生物資源、繋がれてこそ「宝」
    国立樹木園-農村振興庁-国立生物資源館など名古屋議定書3銃士の役割注目
    [韓国営農新聞イ・ビョンロ記者]

    クサンナム [写真=ハンソル園芸種苗]
    no title

    ミソンナム[写真=国立樹木園]
    no title

    ◆他人のものを持ってきて賢く使った例として、我々はよく高麗語のムン・イクチョム(※韓国に綿の種子を持ち込んだ人)を思い浮かべる。反対に、我々のものを守ることができず、外国へ流出して他人のものになってしまった例として、クリスマスツリー「クサンナム(Abies koreana)」を挙げる。クサンナム(※チョウセンシラベのこと、朝鮮白檜)の学名にある通り、Korea(コリアナ)はまさに韓国、我が国を指す。クサンナムという名前も済州の方言「クサルナン」から由来したという。 クサルは海の生物ウニの済州方言。クサンナムの英語名は「Korean Fir」、韓国のモミの木だ。

    ところで、もし「名古屋議定書」というものが100年前にも存在していたならば、どれほど稼いだだろうか? 名古屋議定書は各国の遺伝資源、生物資源の利用で発生する利益を共有する国際協約だ。 もしそうだったら、我が国は名古屋議定書をバックに担ぎクリスマスツリー使用料(ロイヤルティ)をもらっていることだろう。その金額は当然天文学的であろう.。ところが、現実はそうはいかず、我が国はクサンナムの使用料、すなわちロイヤルティを一銭も受け取れずにいる。

    1910~1920年頃、我が国から西洋へ流出したクサンナムは欧州のいくつかの文献に登場し、やがて多くの国で商業的に改良されて、販売された。国立生物資源館の調査結果によると、2012年現在約90品種以上が米国、カナダ、イギリス、オランダの100以上の種苗社で販売されている。当然、これら90品種のロイヤルティを受け取る主体は、品種を改良した各国の種苗会社であって、我が国ではない。

    このような例は他にもある。相当多くだ。西欧で、ミスキムライラックと呼ばれるトルゲフェナム(※ウスゲハシドイのこと、薄毛丁香花)もやはり我が国が原産地だ。1945年の光復以後、米国農務省の役人のある人が、わが国の北漢山(プッカンサン)で植物採集をしている途中、トルゲフェナムを発見し、この種子を採取して米国に持ち込み、大量増殖に成功する。ミスキムライラックという名前は、その米国の役人が韓国にいた時、自分をサポートした韓国女性の姓を取ったもの。

    ウォンチュリ(※忘れ草)もその例にはまる。わが国のウォンチュリを持って行き、外国で新品種に改良した数多くの品種に唖然とする。価格も高価で、ある新品種のウォンチュリは1つ当たり4~50万ウォンの言い値がつく。

    アンジュンベンイ小麦は、どうか。これもやはり我々の土種小麦だ。最近、スローフードにも登載された。このアンジュンベンイ小麦は日本に伝えられて、「ダルマ」という品種(※おそらく「農林10号」を指す)に生まれ変わり、これは更に米国の「緑の革命」型農法の中核種子になる。 第2次世界大戦後、インド、パキスタンなど第3世界国家の飢餓を解決するのに大きく寄与をした品種がまさに、我々の小麦だったというのだ。

    ◇世界中のクリスマスツリー「クサンナム」、知ってみれば我が国が原産地

    そのせいか。我が国には我が国の生物資源の価値を発掘保存して、広く知らせる機関が存在する。国立樹木園が代表的だ。国立樹木園では最近、我が国にだけ自生する「1属1種」希少種植物であるミソンナム(※ウチワノキのこと)の自生地を新たに発見した。そこは江原道の原州(ウォンジュ)。ミソンナムは、実の形が扇子に似ているということから、ミソン(尾扇)と呼ばれる。(省略)

    (韓国語)
    http://www.youngnong.co.kr/news/articleView.html?idxno=33936

    【【韓国の病気】 クリスマスツリーの木など、外国のものになってしまった例多く。名古屋議定書が100年前に存在していたら…】の続きを読む

      このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック
    1: Ikh ★ 2021/05/07(金) 22:15:59.49 ID:CAP_USER BE:456446275-2BP(1000)

    [コラム] オオカミの後裔チンドッケ(珍島犬)
    チェ・ジョンチョルコラムニスト
    no title


    [メディアリパブリック=チェ・ジョンチョルの雑学楽楽] 米国には犬だけを募兵して作った部隊がある。K-9という部隊で1973年デトロイト警察局で初めて創設して以来、全国的に定着した警察犬部隊だ。米国の犬警察は厳然たる警察として、一般的な人の警察と同等の待遇を受けている。7~8年ほど働いて定年退職すればパートナーに養子に迎えられ、年金(飼料)をしっかりもらって気楽に余生を送るというから、普通の人の人生より良く見えたりもする。

    10年前、米国LA警察局が珍島犬を警察犬にしようとしたが失敗したという。珍島犬があまりにも利口で訓練が難しいという理由からだ。飼料を2、3回ほど食べさせると飼い主を変えることを平気に思う他の犬と違って、珍島犬は自分に初めて訓練させた訓練士だけを唯一の飼い主として忠誠を誓うが、交替した訓練士はどうしようもなく苦労することになるのだ。(省略…)

    珍島犬の起源に関する説が2つほどある。まず、中国伝来説だ。中国人は何でも良いことがあれば、自分達が元祖だと言い張る特技があるだけに、ここでも欠かせない。中国人たちはモンゴル犬と宋国の犬を珍島犬の元祖として掲げる。モンゴル犬は毛が黒くて長い。図体が大きなチベット獅子犬に似ている宋の犬はキツネのようにとがった口に、広くて長い耳を持つ。このため、どちらも外形から珍島犬との類似性はもとより見あたらない。

    日本の天然記念物として縄文時代 (BC300年以前の石器時代)から存在していたシバイヌ犬(シバケン)が元祖であり得るという説は、日本から韓半島に犬が渡ってきたという古代からの記録が韓日両国に全くないから成立しない。文化は高くて強い所から低くて弱いところに流れ込む属性を有する。だから、韓半島から日本に渡った記録は容易に見ることができる。4世紀頃、百済から倭に渡った先進文物の中に犬があった。 9世紀初め、日本のサガ(嵯峨)天王名で編纂された『ヤンヌンキ(養鷹記)』曰く、「ニントク(仁徳)天王46年(359年)、百済使臣が鷹と犬を我が国に持ってきた。(中略)犬をフッパン(黒班)と呼んだ」だという。ここで、黒斑とは、まだらの犬のこと。

    珍島犬の元祖は他にある。以前に珍島犬の遺伝子を調査したところ、オオカミの遺伝子と極めて類似するという結果が出たという。だから、珍島犬はオオカミの完璧な直系後裔と言えるだろう。珍島犬がオオカミの遺伝子を散らせることなく維持したのは、石器時代の頃から陸地と離れた珍島に閉ざされ生きて、品種改良をせずに固有の血統を保全できたからだという。そのような血統に、明晰な頭脳、秀でた品性気質まで備えた珍島犬をそのままにして置く理由がなかったのか、2005年、英国のケネル(Kennel)クラブが珍島犬を最終的に世界的名犬として登載した。

    珍島犬には大きく分けて3種類がいる。毛色ではなく形態と特性に分けられる。まずキョプ犬がいる 。キョプ犬は低い背で胴の前が太くて後ろが細い。目は概ね丸い。嗅覚が非常に発達しているので捜索や歩哨に立たせるのに適している。やや愚直な性格を見せる。キョプ犬に比べて利口なのがホッ犬だ。高い背に曲がった背中を持つ。目は一文字に裂けた形だ。キョプ犬も狩猟をするが、ホッ犬に比べれば一枚下だ。

    ホッ犬は脚が長くて速く走れる生まれ持った狩猟能力を発揮している。速く走る能力を認められて、朝鮮時代には水軍に抜擢され、連絡兵として軍生活を送った。日帝強占期当時、日本秋田県に送られ、現地の地元犬との合作で別名アキタ犬を誕生させた。最後に、ヨクサムガク犬がいる。ホッ犬とキョプ犬の中間くらいの高さの背で正面から見た時、胴体が逆三角の形で目立ち、アーモンドのような目を持つ。嗅覚と聴覚が非常に優れている。(省略…)

    メディアリパブリック(韓国語)
    http://www.mrepublic.co.kr/news/articleView.html?idxno=78102


    【【嘘つき韓国】 オオカミの後裔「珍島犬」、明晰な頭脳、秀でた品性気質…別名で「アキタ犬」も】の続きを読む

      このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック
    1: LingLing ★ 2021/05/01(土) 00:33:50.50 ID:CAP_USER
    「ハングルと漢字の創製原理は同じ根」2021.04.30
    時調詩人キム・ラクギ『ハングルと韓字(※)の美しい同行』で主張

    no title

    キム・ラクギ著『私たちの時調と調和したハングルと韓字の美しい同行』

    時調詩人キム・ラクギ(元韓国時調文学振興院理事長)氏が、ハングルと漢文創製の起源を探究した散文集『私たちの時調と調和したハングルと韓字の美しい同行』(図書出版ハンアルム)を出版した。

    著者は、漢字が私たちの昔の祖先であるトンイジョク(東夷族)が作った文字であるという主張を展開している。中国古代史から東夷族の活動や甲骨文字などの古代文字の変遷史を基に、漢字とハングルの創製原理が同じ根だということを追跡した。 著者は、漢字はよその国の文字ではあるが、全て私たちの言葉の発音が可能であるという根拠を提示した。著者は「表意文字である漢字の音を表記するパンジョルポプ(反切法)を適用し漢字を発音すると、ほぼ完璧に当てはまるのは韓国語だけ」と話した。 漢字文化圏である韓中日のうち、中国は同じ文字であるが、異なって発音されたり、はなから発音出来ないものがあり、漢字が70パーセント程度を占める日本も漢字の発音に混乱を来たしているという。

    著者はまた、コロナ事態の影響による非対面授業などで初・中・高校生らのムンヘリョク(文解力、文を読んで理解する能力)が急速に低下することに関して、「漢字を習ってこそ理解力はもちろん、思考力・創意力・造語力を向上させることができる」とし、「漢字を初等学校から正規・必須科目として教えるべき」と話した。

    朝鮮日報(韓国語)
    https://news.naver.com/main/read.nhn?mode=LSD&mid=sec&sid1=103&oid=023&aid=0003611345


    【【愚かな韓国】「ハングルと漢字の創製原理は同じ根」=漢字は私たちの昔の祖先である東夷族が作った文字】の続きを読む

      このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック
    1: LingLing ★ 2021/04/22(木) 19:46:08.98 ID:CAP_USER
    今日は穀雨、ヘッチャ を飲んでみましょうか?2021.04.19 22:12:52
    (※ヘッ・チャ…初物の茶=「新茶」の意味。以下、「新茶」)

    キム・ヨンジョ/青い松民族文化研究所所長

    今日は24節気の第六で、春雨が降り、百穀を育てるという<コクウ(穀雨)>です。この時分に苗代を作ることから本格的に農期が開始されます。 (省略)

    そして、この時期になると新茶が出てきますが、『朝鮮王朝実録』にタレ(茶礼)という言葉がなんと2,062回も登場することから見て、朝鮮時代には茶を楽しんでいたことが分かります。ただ、当時はノクチャ(緑茶)と呼ばずに、チャ(茶)または雀の舌に似た茶葉から作ったという意味で、ジャクソルチャ(雀舌茶)と呼びました。
    ノクチャ(緑茶)は私たちが日本に伝えた後、長い間日本に根を下し、そちらの気候や土地に合った品種に変わったもので、これを加工する方法も異なります。
    緑茶は元来、茶葉を蒸して加工するチンチャ(進茶)であり、私たちの茶は鋳鉄釜に火を起こしながら手で揉むように加工するドクウムチャ(炒り茶)です。 そのため、茶の味に敏感な人は緑茶と私たち伝統茶の味が違うと言いますし、色も異なります。

    no title

    ▲茶を楽しんだタサンチョン・ヤギョンとチョイソンサ(草衣禪師) (絵イ・ムソン作家)
    ※チョン・ヤギョン…号がタサン(茶山)

    また、もう一つ知っておくべきことは、朝鮮時代には「ホンダレ(献茶礼)」といって、先祖や仏様に茶を捧げる儀式がありましたが、生活で茶を楽しむ時は、格式よりも穏やかな気持ちで茶を楽しみました。茶で友になった草衣禪師とタサンチョン・ヤギョンが茶を飲む時に格式張ることがないわけです。ソンビたちが茶を飲む時は、松風の音に酔い、茶の香気に酔いながら心を磨いたことでしょう。今日の穀雨、私たちも新茶をいれて飲みながら、忙しい日常ではありますが、しばしのゆとりを楽しんでみてください。

    ウリ文化新聞(韓国語)
    http://www.koya-culture.com/news/article.html?no=129696


    茶摘みが最盛期
    穀物を潤す雨が降る時期とされる二十四節気の「穀雨」を翌日に控えた19日、韓国南西部・全羅南道宝城郡の茶畑で茶摘みが最盛期を迎えている。海洋性気候と大陸性気候がぶつかるこの地域は、霧が多く茶の栽培に適している。穀雨の前に摘んだ茶葉は「雨前茶」と呼ばれ、最高級品の緑茶として販売される(宝城郡提供)=(聯合ニュース
    https://jp.yna.co.kr/view/PYH20210419078000882
    no title

    【【日本から韓国なのだが】 新茶を飲んでみましょうか? ノクチャ(緑茶)は私たちが日本に伝えた】の続きを読む

      このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック
    1: LingLing ★ 2021/04/21(水) 08:45:57.86 ID:CAP_USER
    「Interview人の近況」哲学人類学者パク・ジョンジン「日本草庵茶は梅月堂草庵茶が源流」…「茶の人文学1」出版

    ※梅月堂(メウォルダン)…金時習(キム・シスプ)の号

    - 茶専門書籍「草庵茶と韓国茶の源流を明かしたチャ茶の人文学」を出版
    no title

    インタビュー365、キム・リソン記者=哲学人類学者であるパク・ジョンジン博士が、茶の専門書籍「草庵茶と韓国茶の源流を明かした茶の人文学1」を出版した。

    文献研究と直接現場調査を並行し、韓国茶文化の源流を追跡してきた著者は、韓国が日本の草庵茶が形成されることに大きな影響を及ぼしたと主張する。

    著者がこの本を書くに至った動機は、京都のテドクサ(大徳寺)で韓日茶文化交流行事をしていた時、突然、日本の草庵茶の精神が韓国の伝統的な茶精神が日本に渡って花を咲かせたのではないかという疑問に駆られたからだ。 チョガ(草家)というのは韓国伝統文化の象徴ではないか。日本茶道宗家センリキュウ(千利休、1522-1591)のチョン(千)氏も、元来、韓国の氏姓であるから、一層、心証を固めるしかなかったという。

    その後、人類学者として韓日茶文化交流史に関心を持ち、草庵茶の源流を追跡し始め、日本にセンリキュウ(千利休)以前にチョン(千)氏という氏姓がないことも確認した。センリキュウ(千利休)以前に、日本茶道の宗匠といえるイッキュウソウジュン(一休宗純、1394~1481)という人物がいたが、彼も結婚同盟次元で日本に嫁いだ高麗宮女の子であったことも分かった。著者は、イッキュウソウジュン(一休宗純)は日本のテドクサ(大徳寺)に居住したが、テドクサ(大徳寺)は日本の草庵茶の本山であったから、「草庵茶の韓国源流説」が客観的資料を通して証明となっていったと話す。

    著者は李朝初期の梅月堂・金時習(1435~1493)の草庵茶の伝統が移植され、日本化されたのが日本版草庵茶の完成であると主張する。金時習が慶州南山に留まりながら、金烏神話を書いて茶を栽培し、草屋で茶生活をする模範を示したのを、日本の僧侶達が往来し、アイデアを得て輸入したというのだ。

    「梅月堂は韓国茶復活のブラックボックス」と強調する彼は、特に梅月堂の多くのチャシ(茶時)を分析するなど、百ページ以上を割きながら茶人としての梅月堂について詳述する。

    また著者は、日本の茶道宗家のセンリキュウ(千利休)の家門は、チョン(千)という氏姓自体が朝鮮から渡った氏姓で、韓国茶文化の原型をそのまま日本に移植したと言う。

    同書は、現在の茶生活の全般的な面貌と虚実を診断しながら、韓国茶文化の未来方向を幅広く提示する。また、韓国と中国と日本の茶生活と茶文化を比較文化論として叙述し、韓国茶文化研究の新境地を切り開いたという評価を受けている。

    40年以上の間、言論界で活躍してきた著者は1992年、詩専門誌の月刊「現代詩」で詩人として登壇した。「哲学の贈り物、贈り物の哲学」、「偉大な母はこう言った」、「ネオ・シャーマニズム」、「韓国の武芸マスターたち」、「身体的存在論」など、これまでに出版された書は120冊を超える。

    2002年、ソウル市江南区大母山(テモサン)に自作の詩「テモ塔」の詩塔が建てられていて、2008年には鬱陵島・独島博物館の境内に自作の詩「独島」が碑で建てられた。

    著者は現在、「茶の世界」の編集主幹で、韓国国際煎茶文化研究会研究委員、世界平和統一研究院院長としても活動している。

    インタビュー365(韓国語)
    https://www.interview365.com/news/articleView.html?idxno=98031


    【【バ韓国ちゃんと調べろ】 日本草庵茶は、梅月堂の草庵茶が源流… 千利休の「千」は朝鮮の氏姓、一休宗純の母は高麗宮女】の続きを読む

    このページのトップヘ

    無料レンタル