かたすみ速報

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    タグ:捕虜

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    1: 仮面ウニダー ★ 2026/02/01(日) 06:52:50.66 ID:dpJhRpiS
    ウクライナで捕虜となった20代の北朝鮮軍兵士の最近の様子が先日韓国で報じられた。2人は「韓国に行きたいと強く望んでいるが、送ってもらわないと行けない」「韓国に行けなければ自分は死ぬしかない」と述べた。
    捕虜たちは、北朝鮮がロシア派兵を正式に認めたのかを尋ねた上で「それなら北朝鮮に送り返されるのは間違いない。帰ったら3代が根絶やしにされる」と恐怖におびえた。最初はメディアに警戒感を示したこの20代の若者は、50代の女性ジャーナリストがその場を離れようとすると「行かないでほしい。母親のようだ」と涙を流した。2人に対するインタビューは昨年10月にウクライナ現地で行われたという。

    【写真】ウクライナで捕虜になった北朝鮮兵2人

     北朝鮮軍兵士らは昨年1月に捕虜となり、2月に本紙のインタビューで「大韓民国に行きたい」との考えを初めて示した。
    北朝鮮は2025年4月にロシアへの派兵を正式に認めたため、2人は国際法上の正式な「戦争捕虜」となった。ジュネーブ条約では捕虜の意思に反する本国への送還を禁じている。北朝鮮の捕虜たちが北朝鮮への送還に恐怖を抱き韓国行きを望んでから1年が過ぎたが、今なお2人の韓国行きは実現しておらず、韓国政府は「外交面で努力を続けている」と基本的な立場を繰り返すだけだ。
    最近は金正恩(キム・ジョンウン)総書記がロシアに2人の韓国行き阻止を要請したとも伝えられている。
    2人が韓国の韓国行きが実現した場合、北朝鮮にとって不都合な影響が出るからだ。

     最近まで韓国政府は、戒厳令や弾劾など政治的な理由を口実にこの問題を放置してきたが、今やそれらの言い訳は通用しなくなった。
    北朝鮮の捕虜は憲法上は韓国国民であり、2人の安全を守るのは大韓民国大統領の責務だ。李在明(イ・ジェミョン)大統領は先日の会議で「大韓民国国民に危害を加えれば国内、国外関係なくただではおかないことを確実に示してほしい」と述べた。
    韓国行きの希望を表明した北朝鮮の捕虜も当然例外ではない。

     22歳のまだ幼さが感じられる捕虜は、韓国に住む脱北者が送った手紙への返事で「韓国の方たちの応援を受け新たな夢と抱負を持ち始めた」と伝えた。
    捕虜たちは慣れない戦場で死の恐怖におびえ、捕虜収容所では毎晩のように北朝鮮に送還される悪夢におびえている。国際情勢や南北関係を口実に2人の北朝鮮送還を傍観すれば、これは犯罪行為に等しい。
    韓国の大統領は特使の派遣を含むあらゆる手段を使ってこの問題に決着をつけねばならない。

    記事入力 : 2026/01/31 14:25
    https://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2026/01/31/2026013180030.html

    【【朝鮮日報社説】「強制送還なら親子3代が根絶やしに」 ウクライナの北朝鮮捕虜、傍観する韓国の態度は犯罪行為に等しい】の続きを読む

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    1: 仮面ウニダー ★ 2025/08/13(水) 07:21:09.27 ID:0X+Uqy9p
    ー前略ー
    韓国政府関係者の頭の中が「金正恩(キム・ジョンウン)総書記、そして李大統領を満足させるアイテムは何か」でいっぱいの間、数万里離れた異国では、ウクライナ戦争に参戦し、ウクライナ軍の捕虜となった北朝鮮軍の若者2人が7ヵ月以上放置されている。
    彼らは韓国に行きたいという意思を何度も示したが、韓国では関心を持つ人がいない。

    ウクライナ事情に詳しい関係者によると「ウクライナ当局は当初(韓国への)捕虜送還の対価を考えていたが、今では対価を放棄してでも(韓国が)連れて行くと言えば送る意向がある」と述べた。

    しかし韓国ではこの捕虜たちを連れて来ることができる関係省庁が、目をつけられるのを恐れて口にも出せないようだ。
    実際、李氏が連れて来るよう指示すれば即座に実現することだ。韓国政府の公務員が弁護士を伴って行き、国際法に基づいて送還手続きを踏めばいくらでも連れて来ることができる。

    ウクライナに派兵された北朝鮮軍は、北朝鮮の実態を生々しく示す標本だ。韓国国家情報院は、北朝鮮軍1万5千人が派兵され、戦死者約600人を含む死傷者約4700人が発生したと把握している。この死傷者の中で捕虜がたった2人しかいないというのは非常に異例だ。極端に洗脳された北朝鮮軍は捕虜になるより自爆を選ぶ。しかしそれがすべてではない。

    ウクライナ軍兵士たちは「北朝鮮軍は負傷した戦友を連れて行けない場合は射殺して撤退する」と証言している。部下が捕虜になると、上官に厳格な連帯責任が問われるためだ。人類の戦争史において戦闘中に負傷した部下を殺せなかったことで指揮官を処罰する軍隊はなかった。戦闘機による自殺攻撃である「神風」で悪名高かった日本軍もこれほどではなかった。

    ウクライナ軍は北朝鮮軍を捕虜にするための特殊部隊を運用したが、負傷した2人だけを生け捕りにできた。この捕虜たちは「手榴弾があれば自爆していた」と語った。昨年12月に初めて捕虜となった北朝鮮軍兵士は負傷がひどく死亡したとウクライナ軍は発表したが、実は自ら命を絶ったとされている。その後公開された別の北朝鮮軍捕虜の手が包帯でぐるぐる巻かれていたのは、負傷のためではなく、自殺を防ぐためだったという。

    このような現実の中で2人が捕虜となったことも、心を変えて韓国に行きたいと言ったことも奇跡のようなことだ。我々はその奇跡に背を向けている。

    北朝鮮の若者たちが10年間同じ釜の飯を食べた戦友をためらいもなく殺せる残酷な軍人になったことも、命をためらいなく放棄するよう洗脳されたことも金正恩のせいであり、我々とは関係ないことなのか。

    韓国は世界の難民のための募金広告がテレビで流れる国だ。ところがわずか数十キロの北朝鮮にはいつ死ぬか分からない戦場でも、豚の脂身一切れに満足げに笑う同胞が暮らしている。ロシアに派兵されれば死ぬ時は死ぬとしても、腹いっぱい温かく暮らせると志願する若者たちがいる。

    我々は北朝鮮住民をすべて救うことはできない。しかし「地獄」のような戦場で生き残った20歳、26歳の若者たちが一日も早く新しい人生を送れるよう手を差し伸べることはできる。この若者たちを無視するなら、李在明政権が主張する南北人道主義の意味は別の解釈をしなければならない。正恩氏に好印象を与えることだけが人道主義で、好印象を与えられないなら人道主義ではないということなのか。2人の若者は今日も「いつ韓国に連れて行ってくれるのか」と尋ねている。

    Posted August. 12, 2025 08:44, Updated August. 12, 2025 08:44
    https://www.donga.com/jp/article/all/20250812/5780578/1

    【【東亜日報コラム】 ウクライナ戦争の北朝鮮軍捕虜、いつまで背を向けるのか】の続きを読む

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    1: @仮面ウニダー ★ 2025/01/23(木) 06:34:32.87 ID:ynhW6T/p
    no title


    ウクライナ軍がロシア西部クルスク戦線で北朝鮮兵士の身柄を確保した当時の状況とその後の生活に言及した。

    米国のラジオ・フリー・アジア(RFA)は21日(現地時間)、ウクライナ軍第95空輸旅団空輸部隊員がテレグラムチャンネルに載せた映像を引用し、北朝鮮兵士が捕虜になった過程を報道した。

    これによると、空輸部隊員らはドローンを通じて戦場で身元不明の対象を発見し、確認するため現場に出動した。
    空輸部隊員は当初、北朝鮮軍をウクライナ軍兵士と考えていたが、近づいてみると容貌と服装がウクライナ兵士と違っていたと話した。
    また、ロシア語と英語、ウクライナ語で話しかけても返答がなかったと伝えた。

    この北朝鮮兵士は負傷して倒れていて、手榴弾と刃物のような武器を所持していた。食料はソーセージを持っていた。
    空輸部隊員らが北朝鮮兵士を車両側に連れていくと、強く抵抗したという。

    ある部隊員は「道路に連れていく間、彼は突然、柱に頭を強くぶつけた」とし「我々が近づくように誘導しているようだった」と話した。

    第95空輸旅団によると、北朝鮮兵士は捕虜となった後、ウクライナ軍から医療・食料支援を受けた。また、恋愛映画が見たいと要求し、ウクライナ語は理解できないので韓国語の映画に変えてほしいと伝えた。
    ウクライナ特殊作戦部隊は北朝鮮兵士の身元を確認する作業を進めていると、RFAは伝えた。

    2025.01.22 16:04
    https://japanese.joins.com/JArticle/328967


    【【中央日報】 ウクライナで捕虜の北朝鮮兵士「恋愛映画見たい…韓国語で」】の続きを読む

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    1: 右大臣・大ちゃん之弼 ★ Let it be です 2025/01/12(日) 01:38:38.02 ID:sKfm403p
    ウクライナのゼレンスキー大統領は11日、ウクライナ軍がロシア西部クルスク州で、北朝鮮兵士2人を捕虜にしたとX(旧ツイッター)で明らかにした。2人は負傷しており、首都キーウ(キエフ)に移送された。うち1人は保安局の事情聴取に対し、戦争ではなく訓練に行くと考えていたと説明したという。ウクライナ当局が、捕虜にした北朝鮮兵の聴取内容を公表したのは初めて。

    保安局によると、捕虜2人はそれぞれ1999年と2005年生まれ。1人はロシア軍の身分証明書を携行しており、別人の名前が記載されていた。

    韓国の情報機関、国家情報院は昨年12月、クルスク州で北朝鮮兵1人が負傷しウクライナの捕虜になったことを確認したと韓国メディアに明らかにしたが、捕虜はまもなく死亡した。

    ウクライナ当局によると、クルスク州には、ロシア極東で訓練を受けるなどした北朝鮮兵士約1万2千人が展開し、一部は前線に投入され戦闘任務に就いている。(共同)

    産経新聞 2025/1/11 23:37
    https://www.sankei.com/article/20250111-BKRW3YNB4VM4DMFKTGSHSUHR6M/


    【捕虜の北朝鮮兵「訓練に行くと考えていた」 1人は露軍の身分証明書保持とウクライナ】の続きを読む

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    1: 仮面ウニダー ★ 2023/07/26(水) 07:43:45.79 ID:9GbYgsf7
    no title


    【ソウル=桜井紀雄】米国中心の国連軍や中国を交え、民族同士が争った朝鮮戦争(1950~53年)で、
    北朝鮮に抑留されたまま生存する元韓国軍兵士が少なくとも約150人に上ることが、韓国の民間団体の分析で判明した。
    北朝鮮の捕虜となり、過酷な労働を強いられてきた元韓国軍兵士がいる実態はこれまであまり知られてこなかったが、
    韓国の尹錫悦(ユン・ソンニョル)政権は拉致問題とともに捕虜問題の解決を模索し始めている。

    国連軍の推定によると、朝鮮戦争で行方不明となった韓国の将兵は約8万2千人。
    だが、北朝鮮側との捕虜交換で帰還できた将兵は8343人にとどまる。
    国連は2014年に発表した報告書で少なくとも5万人が北朝鮮に抑留され、約500人が存命していると記した。

    元捕虜の帰還を支援してきた韓国の民間団体「ムルマンチョ(勿忘草=わすれなぐさ)」は、
    脱出した元捕虜の証言や北朝鮮内部の協力者の情報を総合した結果、
    咸鏡北道(ハムギョンブクト)や慈江道(チャガンド)、両江道(リャンガンド)など北部の鉱山地域を中心に少なくとも150人が生存し、
    十数人は帰国を望んでいると産経新聞の取材に明らかにした。
    大半が90代以上で、約500人とされた存命者の多くは高齢のために死亡したという。
    団体の朴宣映(パク・ソニョン)理事長は生存者について「高齢で自力での脱出が難しい」とし、早急な救出支援の必要性を訴えた。

    行方不明となった将兵は戦死として処理され、捕虜問題は長年、韓国では関心を持たれてこなかった。
    だが、1990年代以降、自力で脱出し帰還する元捕虜が現れ、過酷な抑留生活や多数の生存者の存在を証言し始めた。
    韓国に帰還した元捕虜は計80人に上る。

    ただ、北朝鮮は「捕虜は存在しない」との立場で、韓国の歴代政権も南北対話の妨げになるとみて捕虜の帰還を北朝鮮に強く要求してこなかった。
    だが、尹大統領は昨年5月の就任式に元捕虜3人を招待するなど、
    国際社会と連帯して解決を訴えるべき北朝鮮の人権問題として拉致問題や脱北者問題とともに重視する姿勢を打ち出した。

    今年3月には韓国政府として初めて北朝鮮人権報告書を公開。
    拉致被害者と並んで捕虜問題でも別項目を設け、韓国人捕虜本人だけではなく、
    北朝鮮で結婚して生まれた子供ら家族まで厳しい監視と差別の対象となってきた実態が明記された。
    北朝鮮は労働力として子孫に至るまで酷使するため、捕虜を強制的に北朝鮮住民に編入していた。

    尹政権は北朝鮮問題で日米との協力を目指し、高官協議などで拉致や捕虜問題を含む人権問題での連携を確認してきた。
    日本人拉致問題解決を最優先課題とする日本政府と今後、北朝鮮への有効な国際圧力を高められるか注目される。

    朝鮮戦争 1950年6月25日、北朝鮮の韓国への侵攻で始まった国際紛争。米軍主体の国連軍が韓国を支援した。
    北朝鮮が当初優勢で、韓国・国連軍は南部、釜山付近に追いつめられるが、仁川上陸で反撃し、中国国境付近まで進軍した。
    10月以降、中国人民義勇軍が参戦して北緯38度付近で一進一退が続き、
    53年7月27日に国連軍と北朝鮮の朝鮮人民軍、中国人民義勇軍の3者が休戦協定を締結。
    韓国は調印を拒否した。死者は民間人合わせて数百万人といわれ、南北分断で1千万人ともいわれる離散家族を生んだ。

    2023年7月25日 17時17分
    https://news.infoseek.co.jp/article/sankein__world_korea_WI6DQTCMZZMQPBG5WQY4QR4T4E/?tpgnr=world

    【【産経新聞】<独自>北朝鮮で元韓国軍兵150人超生存、朝鮮戦争で捕虜・抑留 尹政権解決目指す】の続きを読む

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    1: BFU ★ 2022/03/07(月) 19:11:07.70 ID:1JeqyNRS9
    「将校たちも軍事訓練だと思っていた。ロシア国民が蜂起してウラジーミル・プーチン大統領を打倒しなければならない」


    ウクライナ軍に捕まって捕虜になったロシア兵士ドミトリー・コヴァレンスキー中尉が5日(現地時間)、ウクライナ・キーウ(キエフ)の通信社インタファクス-ウクライナ事務室で開かれた外信記者会見でこのように主張した。参加したロシア軍捕虜は10人余りに達したとニューヨーク・タイムズ(NYT)やデイリー・メールなどが伝えた。NYTは「多くのロシア軍を捕らえたというウクライナ軍当局の主張を後押しするために捕虜による記者会見が開かれた」とした。

    ロシア軍捕虜を通じて、今まで彼らが今回の戦争に対して正しく知ることができないまま参戦していた事実が伝えられた。この日の記者会見に出席した捕虜も同様だった。コヴァレンスキー中尉は「部隊が移動する前日夕方にウクライナ侵攻を知った。兵長以下の兵士は国境を越える時でさえどこに向かっているのか分からなかった」と伝えた。

    モスクワで服務中だった別の捕虜兵士も「この戦争の目的を知らない。都市から遠く離れたところに訓練しに行こうという気もなかった。ただ政府の利益のために子猫のようにここに投げ捨てられた」とした。ある兵士は「行方不明者だと伝えられているがそれは嘘だ。若い徴集兵がここで死んでいっている。プーチン大統領は何が起きているのか知らせたくなく、我々の死体を持っていこうとしない」と厳しい忠告を与えた。

    彼らはロシア国民に今回の戦争をやめさせなければならないと訴えた。コヴァレンスキー中尉は「ロシア首脳部は『軍事訓練』と言いながら陸軍将校もだまして侵攻を準備した。ロシア国民が蜂起してプーチン大統領を打倒しなければならない」と強調した。他の捕虜も「ロシアのテレビで流れているものとは本当に違う。ここはナチスではない。ロシアの人々がテレビを消してプーチン大統領の話に耳を貸さないようにしてほしい」とした。また別の兵士は「ロシア軍事装備が通過できないように人々が出て来てロシアの道路を遮断しなければならない。すべての人々が道路に出ていけばプーチン大統領が軍撤退を決めるだろう」という具体的な方法も出した。

    続きはソースで
    https://approach.yahoo.co.jp/r/QUyHCH?src=https://news.yahoo.co.jp/articles/961f17d7e8a7e6b5057bde40e8658df1b772151f&preview=auto

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    1: ■忍【LV31,ほうおう,9C】第13艦隊◆IpxlQ2BXrcdb 21/10/23(土)14:07:53 ID:???
    kp250

    韓国で最もよく知られている北朝鮮の村の名前と言えば、阿吾地(アオジ)だろう。今では咸鏡北道(ハムギョンブクト)慶興(キョンフン)郡の中の、龍淵(リョンヨン)労働者区、鶴松(ハクソン)労働者区という地名に変わっているが、そこにある6.13炭鉱と梧鳳(オボン)炭鉱は、韓国で阿吾地炭鉱と呼ばれ、政治犯収容所の代名詞となっている。

    実のところこの炭鉱、正式な収容所ではないのだが、実質的にはフェンスのない収容所と言っても過言ではない。
    朝鮮戦争時に韓国軍として参戦して北朝鮮の捕虜となった「国軍捕虜」が多数送り込まれ、強制労働に苦しめられてきたのだ。

    今まで脱北に成功した国軍捕虜は80人いる。彼らとその家族の証言で、阿吾地で何が起きていたのか、徐々に明らかになりつつある。韓国紙・東亜日報記者で、脱北者出身のチュ・ソンハ氏が、脱出に成功した国軍捕虜や地域出身の脱北者の証言を元に、炭鉱で何が起きていたかを伝えている。

    祖父が日本の明治大学出身で、曽祖父が地主で、朝鮮戦争前に処刑された「反動分子」の家の出で、阿吾地出身の脱北者のチェ・グミョン氏がチュ氏のインタビューに答えた内容によると、炭鉱周辺の村には、国軍捕虜の中でも特に北朝鮮当局に反抗的だった人たちや、その他の「反動分子」が住まわされていた。他地域への移動に必要な旅行証(国内用パスポート)も発行されず、村に閉じ込められた状態で、炭鉱でのきつい労働を強いられていたという。

    「万民が平等」であることになっている北朝鮮だが、実際は世界で最も過酷な身分制度が存在し、国軍捕虜などの反動分子 はその最下層に置かれ、虐げられ続けているのだ。

    その炭鉱で1992年(あるいは1993年)に、大規模な爆発事故が起きた。もともとメタンガスが多く発生し、爆発事故が頻繁に起きるところだが、その年に起きた爆発では坑道が崩壊し、200人を超える労働者が閉じ込められた。
    しかし当局は、その多くが国軍捕虜やその子孫であることから、救出作業を行わず、見殺しにしたというのだ。根絶やしにされるべき反動分子を、事実上「抹殺」したのだ。

    (略)

    ニフティニュース 2021年10月23日 08時20分 デイリーNKジャパン
    https://news.nifty.com/article/world/korea/12240-1299335/


    【【北朝鮮】韓国軍捕虜と家族ら200人を「生き埋め」抹殺】の続きを読む

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    1: すらいむ ★ 2019/05/08(水) 15:25:36.51 ID:wQijAH/I9
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    日露戦争で収容「捕虜でなく人間」 ロシア兵の手紙、母国の新聞に

     日露戦争(1904~05年)の捕虜として姫路市に収容されていたロシア兵が母国に送った手紙の全文が当時の地元新聞に掲載されていたことが分かった。
     手紙には捕虜たちの日々の暮らしや、市民との交流の様子などが詳細につづられている。
     姫路のロシア人捕虜の手紙が見つかるのは初めてで、専門家は「識字率が低かった下級兵士が収容された姫路では、手紙の発見は大変貴重」と評価する。(地道優樹)

     捕虜に関係する歴史の掘り起こしを進める同市のNPO法人「姫路タウンマネージメント協会」が、1906年2月発行の「ニジニーノブゴロド・ゼムストヴォ新聞」に、捕虜の手紙が掲載されているのを見つけた。

     ニジニーノブゴロドは、モスクワの400キロ東に位置する県(現在は州)で、ゼムストヴォは旧ロシア帝国の地方自治機関。
     同紙は週刊の機関誌で、手紙は「日本からの手紙」の見出しで全文掲載されていた。
     筆者は同県チェルヌハ村出身のF・Iフィラレトフ軍曹。
     手紙は05年10月15日付で、米国ポーツマスで日本とロシアが講和条約を結んで間もない時期に当たる。

     姫路市の捕虜に同紙が送られていたらしく、同軍曹は書き出しで、編集者に感謝を述べている。
     自身らの本国送還については何も知らされていないことに触れ、「無為の10カ月は、軍務の意味でも人間的な意味でも、人々を大いに堕落させてしまいました」「規律もなければ、教練もなく、何もすることがない」と苦悩をつづっている。

     一方で、日本人について「今ではあらゆる面で私たちを捕虜でなく、同等の人間に対するような態度で接してくれます。収容所でのたまにある作業の際には、(日本人の)下級労働者たちは門に入るとすぐに帽子をとります」「ものすごく腰の低い人たちです」などと記している。

    (以下略)

    ヤフーニュース(神戸新聞NEXT) 5/8(水) 7:30
    https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190508-00000001-kobenext-l28

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