かたすみ速報

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    タグ:李氏朝鮮

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    1: ばーど ★ 2026/02/16(月) 09:07:16.06 ID:OXHUSa3p
    韓国で、現職の司法研修院教授が、与党「共に民主党」が推進する裁判訴願(裁判所の判決を憲法違反として申し立てる制度)の導入について、朝鮮時代の「訴訟地獄」が再現されかねないとして強い懸念を表明した。

    15日、韓国の司法関係者によると、司法研修院教授のモ・ソンジュン(牟性俊)部長判事は前日、裁判所内部のサイト(コートネット)に「裁判訴願の議論に対する所感」と題した文章を投稿し、このように指摘した。

    牟氏は投稿の中で、「朝鮮時代には中央の行政機関である刑曹、戸曹、漢城府だけでなく、各道の観察使(道知事に相当)や各郡の地方官(守令)が裁判の権限を持っていた。しかし、管轄の境界が曖昧であったため、民衆があちこちの官庁を渡り歩き、同一事件で裁判を請うことが日常茶飯事であった」と説明した。特に「地方の守令が交代するたびに、以前の裁判で敗訴した者が不当を訴えて事件を蒸し返す『裁判への無限の不服申し立て』は、根深い社会問題であった」と分析した。

    続いて「裁判結果に納得しない文化に加え、官庁間のメンツ争いや上級機関の頻繁な介入により、判決が確定せず足踏みを続ける裁判の長期化が深刻化した。これにより、本来急ぎ解決すべき重要な紛争が後回しにされた」と指摘。そして、「守令らは押し寄せる事件を処理するため、民事事件であるにもかかわらず、杖刑(むち打ちなどの刑罰)を科して強引に終結させようとした。王は裁判の回数を制限する法令を繰り返し発布したが、目立った効果は得られなかった」と述べた。

    また、牟氏は「誰も抜け出せなかった『訴訟地獄』の朝鮮時代は、司法資源の限界と不服の日常化が結びついた際、司法システムがいかに無力化するかを鮮明に証明している」とし、「現在進められている裁判訴願の議論は、表向きは国民の基本権救済を掲げているが、実質的には裁判に納得できない当事者に、いつでも原点に戻れる道を開くものだ。これは朝鮮時代の『繰り返される訴訟』と『不服』の歴史を現代版として再現することになる」と批判した。

    さらに、現在の議論について「裁判の説得力や受容度を高める方策よりも、司法権を保持する裁判所を外部機関である憲法裁判所が統制しようとする『権力の構造的なアプローチ』に偏っている」と述べ、裁判訴願法を「憲法裁判所を事実上の最高裁判所に作り変えようとする試みだ」と指摘した。

    最後に、牟氏は「朝鮮時代に解決不可能と思われた『終わらない裁判』を終結させた方法は、他でもなく裁判の権限を司法府に集中させ、大法院(最高裁判所に相当)を最高裁とする三審制を完成させたことにある」と強調。「憲法に抵触するだけでなく、何ら実益がなく国民に苦痛のみを強いる『訴訟地獄』を招くのが明白な裁判訴願の立法論議は再考すべきだ。今は司法システムの実効的な効率化に向けた実質的な議論に戻るべき時だ」と提言した。

    裁判訴願とは、裁判所による判決も憲法訴願(憲法違反の有無を問う申し立て)の審判対象とする制度。憲法裁判所は「司法府も基本権の拘束を受けるべきだ」として賛成意見だが、大法院は「三審制である大法院の判決に対する不服申し立てとなり、事実上の四審制になる」として反対している。

    国会法制司法委員会は今月11日、全体会議を開き、裁判訴願法と大法院判事増員法を与党「共に民主党が押し切る形で、可決した。チョ・ヒデ(曺喜大)大法院長は翌日の出勤時、報道陣に対し「国民に甚大な被害が及ぶ問題だ」と述べ、公論化の必要性を強調した。

    wowkorea 2026/02/16 06:23
    https://www.wowkorea.jp/news/read/514726.html


    【【韓国】裁判所の判決を憲法違反として申し立てる「裁判訴願」導入議論に懸念…司法研修院教授「朝鮮時代の訴訟地獄の再来に」】の続きを読む

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    1: 仮面ウニダー ★ 2023/02/22(水) 07:55:24.31 ID:2QPvjRtv
    朝鮮半島には「李氏朝鮮」(1392年~1897年)という国がありました。日本が併合する前、500年以上も続いた国ですが、日本からするとヘンな国で、
    韓国が「現在に至るもヘン」なルーツは李氏朝鮮のせいなのではないか、と思われます。

    田中明先生の著作から以下に引用します。

    「李朝五百年」のちょうど真中辺りになる時期に、朝鮮王朝は北方に興った女真族の国・清に攻め込まれて降伏するという屈辱を味わった。

    (中略)

    降伏前、朝鮮朝廷が和を求めて清に送った文書のなかに、「勇者の時代」には考えられないような文言があったからである。

    そこでは「自分たちは武を重んじていない」ということが、昂然と(という印象を受ける)述べられていた。

    ー中略ー

    ⇒参照・引用元:『物語 韓国人』著:田中明,文藝春秋,2001年(平成13年)08月20日 第1刷発行,pp65-68

    朝鮮王は、自分たちが蛮族と侮蔑してきた清に降伏しなければならなかったとき、それが降伏する国の言うことかね――という文書を送っています。

    そもそも最終的な責任者である朝鮮の王様が――「愚かな群臣に誤らされた」などと部下のせいにする――というのはどういうことなのか、と呆れるしかありません。

    また「前非を悔いて、あなたの寛仁なる御庇護を受けようとするのを拒まれないでしょう」と身を低くしている割には、「あまりにも強く怒りすぎると、兄弟の信義にもとる」と書くに至っては、
    これで謝罪しているつもりなのか――と絶句するのではないでしょうか。

    田中先生は「緩やかな処置を注文する言葉をも重ねている」と上品に書いていらっしゃいますが、こういうのは現在の言葉では「上から目線」といいます。

    負けた方が、勝った方に「怒り方」の注文をつけています。

    また注目したいのは「諸国の期待を裏切るならば、貴国の将来にとっても良いことにはならぬであろう」の「諸国の期待を裏切るならば」です。

    これは、現在でも使われる「日本はアジアで孤立するだろう」「世界で日本の評価は下がるだろう」にそっくりです。その「アジア」「世界」はどこの国のことなのでしょうか。

    「現実に負けているのに、精神的に勝利しているので負けたことにはならない」というのも現在の韓国に通じます。
    ことほどさように李氏朝鮮というのは、日本人から見てヘンな国、異質な国でしたし、それは現在の韓国にも通底しています。

    従って、日本は「韓国とは分かり合える」などという幻想を抱くべきではありません。

    古田博司先生が説いていらっしゃるように「箸と漢字しか共通点などないよ」※という態度が正しいのです。

    ※その漢字も韓国では教えなくなっていますので、もはや「箸を使っていること」しか共通点はなくなりつつあります。

    (吉田ハンチング@dcp)
    2023.02.21
    https://money1.jp/archives/100175

    【【Money1】朝鮮は降伏するときも「上から目線」だった】の続きを読む

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    1: 新種のホケモン ★ 2022/10/14(金) 15:56:12.48 ID:CAP_USER
    最近、韓国与党「国民の力」の鄭鎭碩(チョン・ジンソク)非常対策委員長がSNSに書いた投稿文に関連して「歴史観」論争が起きている。これに関連して独立記念館の韓詩俊(ハン・シジュン)館長は「朝鮮が滅びたのは日帝の侵略のため」という意見を明らかにした。

    韓館長は13日、国家報勲処と独立記念館を対象にした国会政務委員会の国政監査に出席して野党から鄭委員長の投稿文の内容が適切なのかについて関連して質問を受けてこのように答えた。

    これに先立ち鄭委員長は11日、フェイスブックに書いた文章で「日本軍駐留説」に言及した野党「共に民主党」の李在明(イ・ジェミョン)代表の発言を批判して「朝鮮は中から腐って崩れ、それで滅びた。日本は朝鮮王朝と戦争をしたことがない」と書いたことがある。

    これに対して野党は「植民史観」「親日世界観」と主張して批判してきた。

    この日の国政監査でも民主党の金性珠(キム・ソンジュ)議員は「『朝鮮が病気になって滅びた』という主張は太平洋戦争をはじめとする日本の侵略戦争に対する反省と謝罪はやりすぎだという日本右翼の『自虐史観』や植民史観とも重なる」と指摘した。

    あわせて韓館長に対して「朝鮮はなぜ滅びたのか」と尋ねた。

    檀国(タングク)大学史学科教授出身で光復軍と韓国独立運動の歴史などを研究してきた韓館長は金議員質問に対して「日帝の侵略のため」と答えた。

    韓館長は「朝鮮が病気にかかって力がなく滅びたというのが自虐史観で植民史観ではないのか」という金議員の質問に首を縦に振った。

    ただし、この日出席した朴敏植(パク・ミンシク)報勲処長は鄭委員長の発言について意見を求める野党の質問に対して即答を避けた。閔炳徳(ミン・ビョンドク)議員は朴報勲処長に対して「与党の党代表がこのような(親日論議が起きる)話をしたら一言忠告をするべきなのではないか」と指摘した。

    これに対して朴処長は「日帝が朝鮮を侵略したというのは常識ではないか」としながらも鄭委員長の発言については「特定政治家の発言を評価できない」と述べた。

    この日与党は鄭委員長の発言に関連した質問をほとんどしなかった。

    ただし、国民の力の金熙坤(キム・ヒゴン)議員は「朝鮮が滅びたのは日帝侵略のため」としながらも「自分たち同士で戦って力をつけられなかったことも(朝鮮が滅びた)多くの原因の一つではないか」とし、この話題について攻防することは消耗的だという趣旨で言及した。

    金議員は独立記念館長を務めた同じ党の尹柱卿(ユン・ジュギョン)議員の発言も伝えた。金議員は「尹議員の話を聞いてみると、朴殷植(パク・ウンシク)の『韓国痛史』にも朝鮮が滅びた理由の一つに私たちの内部が腐っていたことが指摘されているという」と述べた。

    中央日報
    https://japanese.joins.com/JArticle/296568?servcode=200§code=200


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    1: LingLing ★ 2022/09/10(土) 22:25:27.81 ID:CAP_USER
    「朝鮮時代末期、日本のスパイは身辺保護まで受けながら朝鮮を偵察した」
    [インタビュー]韓日関係研究家のパク・ヘスンさん

    『一線を越えた日本スパイ隊――その驚くべき狡猾さ』。日本語専門の翻訳家であり韓日関係研究家のパク・ヘスンさん(58)が、3年前に初めての著作『1894 日本の朝鮮侵略』(ナノク刊)を出版した後、最近出した2作目の著書だ。最初の本では日本の軍部と外務省の資料をもとに、日清戦争が勃発した1894年に日本が武力で朝鮮国政を掌握した過程を示したとすれば、最新作は日本が明治元年の1868年から1894年まで朝鮮にスパイを送って偵察をした過程を、やはり日本側の当時の資料やスパイ行為をした人物の回顧録を通じて詳しく明らかにした。

    今月2日、ソウルの本紙社屋で著者に会った。

    「日本は1882年の壬午軍乱後、朝鮮と交わした済物浦条約で、自国の外交官やその家族たちも朝鮮内地を旅行できるようにしてほしいと要求し、護照(内陸旅行許可証)申請権を獲得します。当時護照を発行した60件余りを記録した韓国内の資料を日本の資料と照らし合わせてみると、発行を受けた者の大半が日本軍の情報将校、つまりスパイでした。朝鮮政府が身辺保護までして日本のスパイ行為に便宜を図ったということです」。今回の本の学術的意味を自評してほしいと問うたところ、著者はこう答えた。

    1986年に檀国大学日文科に入学し修士課程まで終えた著者は、30年近く日本語翻訳をし、6年前から日本の朝鮮侵略の研究に没頭している。大学時代に出会って師弟の縁を結んだ民俗学者の故シム・ウソン氏の紹介で、植民地期に出た朝鮮民俗や巫俗をテーマとした本を主に翻訳し、行政安全部や労働部などの政府関連の翻訳の仕事も多く担ったという。「日本語翻訳の分野で収入が上位1%という声も聞きました。25年以上翻訳だけで暮らしてきたので、今後の人生は新たな使命のために生きたかったんです」

    『一線を越えた日本スパイ隊』は、明治元年以降、日本の朝鮮偵察がいかに執拗かつ体系的だったのかを、1875年の雲揚号事件や1882年の壬午軍乱など、朝鮮と日本の間の大きな政治的変動に沿って示す。日本軍国主義の中核機関である天皇直属の参謀本部は、朝鮮に派遣した諜報員に偵察地域を具体的に指定し、その報告書をもとに朝鮮八道の地理と軍備態勢などの情報を完成していった。「参謀本部は朝鮮への武力侵略の6年前、1888年にすでに朝鮮八道の地理書である「朝鮮地誌略(8巻)を完成させます。この本は日本でも『決して知られてはならない本』として、太平洋戦争終結後も素材が知られていないほど極秘裏に管理されました」。著者はさらに、「1894年、第2次蜂起を起こした東学農民軍が日本軍に押され山場のたびに殺されていったのは、日本がスパイ活動によって朝鮮のすべての情報を握っていたため」とも述べた。

    25年以上日本語翻訳家として暮らし 
    過去6年間、「日本の朝鮮侵略」を研究 
    当時の日本の軍部・外交資料に基づいて書いた 
    3年前の初著『1894 日本朝鮮侵略』に続き 
    最近『一線を越えた日本スパイ隊』を発行 
    「日本の文化財略奪も調べる」

    パクさんは著書で「日本のスパイ行為の執拗さと狡猾さ」を示す例をいくつか挙げている。「参謀本部を実質的に率いて朝鮮偵察も指揮した人が川上操六参謀次長です。彼もやはり1893年に名前を変え身分も技師に偽装して護照の発行を受け、極秘裏に朝鮮を偵察し、高宗にまで会いました。1877年、代理公使に任命されて朝鮮に来た花房義質は、珍島(チンド)付近に船を停泊させ、3日間にわたって小さな汽船で懸命に木浦(モクポ)がどこにあるのか探します。朝鮮政府には江華島(カンファド)条約による開港場を探していると言っていますが、実際は細かく朝鮮偵察をしたのです。1892年には戦争に備える目的で朝鮮に鉄道を敷くために、鉄道予定線を密かに測量しようと、朝鮮に偽りの申告までしました。『米国の博物館に贈る鳥を狩るために踏査団を派遣する』と言って」

    カン・ソンマン先任記者

    ハンギョレ新聞
    https://news.yahoo.co.jp/articles/a3e6a880d2e1094b64a9bc6d2626c36aeb84dbba

    【【妄想歴史】「朝鮮時代末期、日本のスパイは身辺保護まで受けながら朝鮮を偵察した」 パク・ヘスン韓日関係研究家】の続きを読む

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    1: 昆虫図鑑 ★ 2021/10/08(金) 09:25:01.07 ID:CAP_USER
    nandaimon
    ※韓国人が日本の半島統治に恨みを持つ理由は、白衣を着て平和で豊かに暮らしていた半島を、少し開化が早かっただけの日本が武力と陰謀で強奪したとのことだ。当時の状況を正しく理解するためには、歴史記録の中でも客観的な立場の外部の人々が朝鮮半島を訪問して残した記録が最も役に立つ。正しい歴史認識を通じて未来志向の日韓関係を築きたい著者は、当時を直視するために、歴史資料を整理する作業にも励んでいる。


    ●イザベラ・バード・ビショップ、英国の地理学者・紀行作家、写真家

    朝鮮は鬼神(迷信崇拝)のために、毎年250万ドルを浪費する。

    ●ジャック・ロンドン、日露戦争を従軍取材した米国記者

    両班(※朝鮮王朝の支配階級)たちは皆泥棒だ。臣民たちは、両班たちが自らのものを必ず奪っていくことを知っていた。臣民たちにとっては、支配階級が泥棒だという事実以外の何物でもなかった。

    泥棒稼業にも段階があるのだが、「強奪」の段階であった。節度のある合法的な強奪であった。そのような合理的方法で、泥棒稼業を為した郡守は自分の部下たちから愛されて、彼が離任する際に、部下たちは村の出入口の近くに彼が節度を以て盗んだ記念として記念碑を建てる場所が選択されていた。

    ●濱本利三、日清戦争に参戦した日本将校

    より一層驚いたのは、聞いていたよりはるかにもっと不潔だったということだ。道路はゴミと人糞で溢れており、不潔の極みである豚が気勢をあげて横目で人々を睨みつけながら道路を闊歩していた。悪臭が鼻を刺激して嘔吐する寸前だった。

    ●ジョーダン、駐韓英国総領事

    朝鮮の朝廷は内閣の危機が後を絶たず、外国の公館は朝鮮の閣僚が、1週間に1度ずつ、交代されたという通告を受け付ける暇もないくらいであった。高宗(※当時の朝鮮国王)は最も愚かな人物であり、(彼が)国を治める唯一の技術とは敵対する勢力同士を対立させて均衡を維持することによって、自身の安全を守ろうとするだけであった。その結果、高宗は国際情勢を正確に判断できず、政治的に妄想の世界で生きている。

    ●ホロス・アレン、医療宣教師 兼 駐韓米国公使

    今日、私は閔泳翊(※高宗の妃の一族。死後、「明成皇后」と追尊された閔妃の甥)の宅へ行く道中、通りを過ぎようとした際に、南北に長く伸びている街頭、我が家から最も近い地点にて、頭と手足が切断された遺体4体を見た。ソウル市内のいくつかの場所で、これと同様の死体の山をどこでも見られる。

    それは全く同じ目的で、死体を晒しものにしている。私はこれらの死体が甲申政変(>>1884年、朝鮮の若い官僚「急進開化派」が起こした改革クーデター。閔妃が呼び込んだ清軍の介入で3日だけの政権となった)に加担したが、その際に逃げられず、逮捕されて処刑された者たちの死体であると知っていた。

    ここに晒された4人の遺体は、この地域に割り当てられた死体だ。彼らの死体は3日間、梟示(晒しもの、梟首)にされているのだ。然も犬の謝肉祭であるかの如く、犬が死体の山の上に登って肉片をむしって食べていた。

    ●ウィラード・ストレート、日露戦争を取材したAP特派員およびソウル・瀋陽駐在の米国副領事

    アジアでも朝鮮は救済不可能な国家だ。高宗は列強間の分裂を利用して独立を維持しようとする惰弱なブローカーであり、両班階層は陰謀を通じて私的利益を追求する私益集団である。このような状況で、朝鮮が発展するためには、自治権を放棄して代わりに日本の支配を受け入れるべきだ。

    ●ジョージ・ケナン、セオドア・ルーズベルト米国大統領の知人

    朝鮮政府は、臣民たちが辛うじて生計のために稼いで得たあらゆるものを、間接的または直接的に収奪しながら、何も提供してやらない。臣民の生命と財産に対する適切な保護策を何ら提供していない。

    注目に値する何かしらの教育施設も提供していない。道路建設も、港湾改良もしていない。海岸に灯台もない。道路の清掃や衛生について、何ら関心も傾けない。伝染病の予防や取り締まりもしない。貿易と産業を奨励する努力もない。

    最も低俗な迷信は奨励している。人権問題を扱うのにおいて、現代では殆ど類例がないほど、(支配階級が)嘘、不正、裏切り、残忍さ、蛮行に没頭する手本を臣民たちに見せることによって、臣民たちを堕落させて風紀紊乱させている。
    以上、事情がかくの如きゆえに、「朝鮮人民のために、その国の滅亡を祝う」と「福沢諭吉」という日本の先覚者が力説していたのも無理からぬことだった。このように未開であった国が、米国・日本などの自由陣営に出会い、今日、桑田碧海(※桑畑が青い海に変わるほどの激変)を為した。


    2021/10/07 17:54配信 WOW!Korea
    https://www.wowkorea.jp/news/japankorea/2021/1007/10317893.html

    【外部の人々が記録した朝鮮末期の状況=韓国が日本の半島統治に恨みを持つ理由は正しいのか?】の続きを読む

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    1: きつねうどん ★ 2021/06/30(水) 06:18:18.00 ID:CAP_USER
    【ソウル聯合ニュース】韓国文化財庁と埋蔵文化財調査機関の首都文物研究院は29日、ソウル・タプコル公園付近の都市環境整備事業地域で発掘調査を行った結果、16世紀の地層から朝鮮王朝時代前期の金属活字約1600点をはじめ、水時計の付属品や天文時計「日星定時儀」の部品、火砲の銃筒8点、銅鐘を発見したと発表した。

    no title

    調査で出土した朝鮮王朝時代前期の金属活字=29日、ソウル(聯合ニュース)

    今回の調査で最も関心を集める金属活字は、漢字活字約1000点とハングル活字約600点からなる。

    朝鮮王朝時代前期の金属活字が一カ所から出土したのは初めてで、グーテンベルクが西洋で初めて金属活字と印刷術を発明した1440年代と同時期、またはそれより早い時期に作られたものと判断される遺物も含まれている。

    壬辰倭乱(文禄・慶長の役)以前に作られた朝鮮王朝時代の金属活字のうち、現存するのは国立中央博物館が所蔵するハングル活字約30点のみとされてきた。

    最古のハングル金属活字は1455~61年ごろに作られたものと推定される。白斗鉉(ペク・ドゥヒョン)慶北大教授は「今回出土したハングル活字は確実に最古のものといえる」と強調した。

    聯合ニュース
    https://m-jp.yna.co.kr/view/AJP20210629004000882?section=society-culture/index

    【朝鮮王朝時代の金属活字1600点発見 最古のハングル活字も=韓国】の続きを読む

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    1: 右大臣・大ちゃん之弼 ★  2021/01/13(水) 07:45:40.45 ID:CAP_USER
    no title

    朝鮮時代に科挙に及第して文官として生きていくとしても「文武兼備」は基本だった。野戦で戦闘をする能力はないにしても兵法書を読み、軍を指揮し、動員・兵站などの軍事行政を処理することは知らなければならなかった。

    南原(ナムウォン)の士人だった趙慶男(チョ・ギョンナム)は壬辰倭乱、丁卯、丙子胡乱をすべて経験した。壬辰倭乱のときは、義兵長として戦闘に参戦した。文武兼備に実戦経験まで備えていた彼は、三大戦乱を記録した乱中雑録と続雑録という戦史を残した。戦史の記録物がもどかしいほど不足している韓国歴史において、著者の経歴から見ても内容から見ても、珍しく大切な記録だ。


    趙慶男の著書は、他の記録に比べると説明も具体的で豊富な方だ。しかし、戦史としては依然として小略で具体性に欠けている。本人の過ちでもないのが、彼が参照した基本資料と文書が簡単な報告書だったからだ。これは理解できるが、「フェイクニュース」、感情的で単純な戦況分析は誰のせいだろうか。

    朝鮮はいかなる社会より識字率が高く、識字層も多い国だったが、哲学的思弁と文学的作文に重点を置きすぎて、実利的思考、六何の原則による科学的説明と実用的作文の訓練はあまりにも乏しかった。このような作文文化は、逆に思考にも影響を及ぼす。戦争を直接経験して事件を目撃しても、目と頭脳が現場の状況を分析するよりも、評論が先に進む。「将軍が怖がって兵士たちが崩れた」「将軍が大声で怒鳴りつけて、逃げる兵士の首を切ると、兵士たちが勇気百倍になって戦った」といった具合だ。

    戦場ではそのようなことがあっても、それはほんの一部でしかない。自軍と敵の武装状態がどうで、どんな地形で何メートル突撃したのか、このような問題には関心もない。幾多の変数が支配する戦場を一つや二つの要素で裁断してしまうから、世の中を単純に見るようになり、分析よりは感情的批判が先に立つ。これだから、「フェイクニュース」にも簡単にだまされる。

    朝鮮は500年間、この枠組みから脱することができなかった。それも残念だが、21世紀になった昨今、教育や知的風土がかえって過去に退行しつつある。

    東亞日報 January. 12, 2021 08:27
    https://www.donga.com/jp/home/article/all/20210112/2364607/1

    【【韓国また嘘を書く】記録を支配すること 朝鮮時代に科挙に及第して文官として生きていくとしても「文武兼備」は基本だった】の続きを読む

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    1: 首都圏の虎 ★ 2020/10/23(金) 19:30:21.76 ID:CAP_USER

    no title
    【釜山・金田達依】江戸時代に日本に派遣された「朝鮮通信使」の関連資料が、国連教育科学文化機関(ユネスコ)の「世界の記憶」に登録されて3周年を記念したシンポジウムが23日、韓国釜山市であった。同市と市の外郭団体「釜山文化財団」が主催。ビデオ会議アプリ「Zoom(ズーム)」を活用し、日韓の研究者が通信使に関する研究を発表。会場やインターネット上で約80人が視聴した。

    富士山世界遺産センターの松島仁教授は、通信使が残した数多くの絵画の中に、富士山と朝鮮半島を代表する金剛山が一緒に描かれた作品があることを紹介。江原大の黄銀英(ファンウンヨン)教授は16世紀後半に来日した翻訳官が帰国して約30年後、別の通信使に「若い頃の姿を親族に見せたいので(日本人画家が描いた)模写を送ってほしい」と依頼したエピソードなどを紹介した。

     財団は30日にも、航海の無事を祈願した「海神祭」を釜山市で再現するイベントを開催。同日には長崎県の中村法道知事や釜山市の辺城完(ビョンソンワン)市長権限代行ら日韓の首長ら16人が動画メッセージを財団ホームページ上で発信する。

    ヤフーニュース
    https://news.yahoo.co.jp/articles/fda3cbdf8382b48f5320b93951a0653f6aac70cc


    【【韓国の妄想】江戸時代に日本に派遣された朝鮮通信使の役割を評価 日韓研究者がエピソード紹介 記憶遺産3周年】の続きを読む

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    1: 新種のホケモン ★ 2020/01/25(土) 08:22:25.70 ID:CAP_USER
    kr250
     
    400年前の西人派のクーデター

    権力組織を自分の勢力で固めた上で、道徳律を掲げ政敵を除去

    衰退・滅亡の歴史、恐ろしくないか

     1623年、西人派が光海君(朝鮮王朝第15代国王)を追放して仁祖(第16代国王)を王位に就かせた大義名分は道徳だった。背倫児(倫理に背く人でなし)と、明を支援しようとしない指導者を追放するというものだった。しかし、クーデターが成功した直後に彼らが隠密に決議した本当の目標は別にあった。「勿失国婚(王妃は身内から輩出する)、崇用山林(在野の学者を優待する)」だ。

     「勿失国婚」とは王妃を代々、西人の家門から出すという意味だ。妻の一族によって絡み合った権力ネットワークを、固定させようという壮大な夢だ。「崇用山林」とは、権力から排除されていたソンビ(学者・文人)たちを重用するという意味だ。権力組織を自分たちの勢力で固めるという執念だ。一度握った権力を「永遠に」維持しようという壮大な計画だ。

    この内容は南人派・南夏正(ナム・ハジョン)の「桐巣漫録」(1740年)に記録されている。計画は成功した。
     驪興閔氏出身の第26代高宗妃(閔妃、明成皇后)、第27代純宗妃(純明孝皇后)に至るまで、歴代の王妃は西人-老論派から輩出された。英祖(第21代)、正祖(第22代)の時代に一時的に南人派が起用されたことはあったが、朝鮮王朝後期の権力組織は老論派で固められていた。西人派、さらに西人派から分かれた老論派は、大韓帝国の終末まで権力を維持した。地球上に例のない300年の超長期独裁を試み、そして成し遂げた。

     超長期独裁を可能にした武器は、道徳律だった。自らを君子と呼び、政敵は小人(徳のない人)だと蔑視したのだ。権力集団自らが道徳基準を設定し、これに背く勢力は政敵として処断したのだ。「朱子の美しい文を乱す盗賊」という「斯文乱賊(儒教の反逆者)」と烙印(らくいん)を押されれば、誰であっても生き残ることはできなかった。自ら生みだした道徳的優越性と絶対権力が融合すれば全知全能だった。

     21世紀の大韓民国でも道徳律を吟じる老論が幅をきかせている。

    ソウル大学教授のチョ・グク氏の事態を論理で批判する元東洋大教授のチン・ジュングォン氏について、与党「共に民主党」の李鍾傑(イ・ジョンゴル)議員は「道徳的に堕落している」と指摘した。小説家の孔枝泳(コン・ジヨン)氏はハナから「気の毒だ」とあざけった。権力が道徳律を自ら定めるような状態を放置すれば、このようなぞっとする事態が起きる。
     さらに怖いのは、「崇用山林」の方だ。韓国大統領府(青瓦台)は先週、生きた権力を捜査していた検察庁を総入れ替えしてしまった。ソウル中央地検長には大統領の大学の後輩を就任させた。法務部長官は「地域と期数(司法研修院の修習期。数字が小さいほどベテラン)を考慮したバランスの取れた人事」と述べた。「検察総長が私の命令に背いた」という前近代的かつ超法規的な大義名分を恥ずかしげもなく口にする。今月3日、「共に民主党」のパク・チュミン議員が、法院(裁判所)の行政権を国会が掌握できる法院組織法改正案を発議した。道徳を振りかざして全分野を自分の味方で固めてしまった。「崇用山林」を通じた権力の固着軌道から、ただの1ミリも外れていない。

    自分たちだけが国家経営に携わる権能と資格を有する君子だとして、政敵に「小人」の烙印を押して皆殺しにしたあの振る舞いだ。
     ところで、老論派の超長期独裁を可能にしたもう一つの理由がある。「(西人派の)連中は、利用されることを喜ばしいことと考え、熱湯や火の中に飛び込んで、死んでも逃げなかった。一方の南人はもともと隙が多く、自らを戒めることを怠った」(『桐巣漫録』)。狂気の前で野党がすっかり参って取り乱したという意味なので、これもまた21世紀の大韓民国の風景と同じだ。

     それで、その国はどうなったのか。自称・君子が繰り広げた他称・小人の残酷史で塗りたくられた。国家の生産力はどんどん弱くなり、百姓は貧しくなり、その貧しい国の自称・君子たちは道にペタペタと張り付いている謝礼で腹を満たした。道徳で道徳で表面を覆った権力欲の狂気の結末は、共同体のこのような没落と滅亡だ。恐ろしくないだろうか。

    パク・チョンイン旅行文化専門記者

    朝鮮日報 2020/01/25 06:06
    http://www.chosunonline.com/m/svc/article.html?contid=2020012480032

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